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2005年 07月 20日
アストル・ピアソラ ~格闘技系タンゴ・アンサンブルの真髄
 こんなタイトルをつけてしまっては、日本にもあまた存在すると思われるピアソラ・フリークの方々がお怒りになるやも知れぬ。
 が、聴けば聴くほど、やっぱり彼らのパフォーマンスはアンサンブルなんて生易しい形容は似合わない。ステージならぬ、リング上でデスマッチを繰り広げているようにしか聞こえないのだ。当然、聴く方も体力勝負。いつのまにか数十枚にまで増殖(?)してしまったCDを選んでプレイヤーにセットして「再生」ボタンを押せば、今日も試合のゴングが高らかに鳴り響く。カーン。

 今でこそ、アストル・ピアソラといえば、ひとつのジャンルである、と言われるほどの人気を誇っている。だが生前は、そのあまりにも革新的な音楽性が認められず、不遇の人生を過ごしたひとである(今でも、タンゴ・ファンの中には、ピアソラの音楽が「タンゴ」にカテゴライズされることを嫌い、否定する者も少なくないと聞く)。
 彼は自分の音楽に最もふさわしい表現形態を求め、楽団の編成や構成メンバーを次々と変えていった。初期の八重奏団および弦楽オーケストラ、バンドネオン・バイオリン・ピアノ・ベース・エレキギターで構成される五重奏団(キンテート)、シンセサイザーを導入したコンフント・エレクトロニコ、打楽器が加わった新八重奏団(ヌエボ・オクテート)や九重奏団(コンフント9)、バンドネオンをもうひとり入れ、バイオリンをチェロに代えざるを得なかった最晩年の六重奏団(セステート)……
 結成しては解散し、たえずメンバーの入れ替えを行っていたピアソラの楽団だが、参加していたのは、いつもその時代トップクラスの名手ばかりだった。そんな実力派のパフォーマーがずらりと揃えば、ステージ上では激しい火花が散ること必至。喧嘩上等。
 もちろん、アンサンブルというからには、ただの喧嘩じゃ話にならない。いうまでもなく、音楽としてまとまっていてなんぼだ。ただでさえ、バランス崩して瓦解寸前、ぎりぎり瀬戸際のところをわざと選んでいるような危うさがピアソラ最大の魅力。パフォーマー全員が同格の実力を備えていなければ、ガチンコ勝負の格闘技系アンサンブルは成立しない。特に、ピアソラの音楽世界を最も優れた形で体現し、かつ高い評価を得ていた五重奏団の構成は、異なる楽器がひとつずつ。ごまかしはきかない。

 ピアソラの死後、多くの優れたアーティストが彼の音楽をとりあげるようになったが、特に五重奏団以上の編成では、全ての楽器について、ピアソラの楽団に参加していたようなレベルの名手を揃えることは非常に困難なのだろう。
 構成メンバーの誰か一人(たいていは、アルバムのタイトルにくる人)だけが特別に上手いことが、すぐわかってしまうのだ。
 これではどうにもならない。 
 ピアソラの音楽は、ほんとうにむずかしい。


(どうでもいいつけたし)
この前見たアルゼンチン映画、「ブエノスアイレスの夜」での音楽は、まるで地の底へ叩きつけられるかのような、恐怖感煽りまくりの陰鬱きわまりないサウンドで、もはや音楽というより「効果音」。この響き、どこかで聞いたような……と思っていたら、担当は、ピアソラ最晩年の六重奏団に参加していたピアニスト、ヘラルド・ガンディーニだった。問答無用の重苦しく狂気溢れるピアニズムで、六重奏団のカラーを決定づけたその人である。現代音楽の作曲家としても有名な人だというので、当然いろんな仕事をしているのだろうけれど、エンドロールで彼の名を目にしたときは、なんだかとてもうれしかった。
by terrarossa | 2005-07-20 00:05 | 音楽


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