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2009年 08月 23日
「荒野へ」(ジョン・クラカワー・著、佐宗鈴夫・訳 集英社文庫) 
 一年ほど前、ショーン・ペン監督の映画「イントゥ・ザ・ワイルド」が日本でロードショー公開された。が、現在居住する地域の映画館では当然のようにスルーされ、結局見逃してしまった。
 この映画の原作となった、ジョン・クラカワーの「荒野へ」という本には覚えがあった。新刊が発売された当時、書店でハードカバーの本が平積みになっていたからだ。たいそう話題になっていたらしいその本だったが、結局買うこともなく、どっかでかすかにひっかかったまま、およそ十年が経過した。
 最近、映画のDVDが発売されたのをきっかけに、あの時買わなかった本がどうしても読みたくなり、映画化とともに再版されていた文庫本を購入した。

 本書は、著者ジョン・クラカワーが自らの人生と重ね合わせて進行するスタイルの、かなり主観的なドキュメンタリーとなっている。
 クリス・マッカンドレスは頭脳明晰で、順風満帆な人生を送る才覚に恵まれた、前途ある若者だった。優秀すぎるがゆえに、他人には見えないことまでが見え、察することができないことを察していた。家族の秘密を知ってうちのめされ、だからこそ自らはよりきびしく清廉であろうとした。かといって人との関わりを避けることはなく、放浪の最中に沢山の人と出会い、出会った人々全てに強い印象を残している。だが、彼の内側にまで入り込むことができ、その思いを共有できる者は誰もいなかった。それから彼は人間のいない土地、アラスカの荒野へと向かった。それは必然だったし、ほかに選択肢はなかった。ただし、その衝動は絶望からではなく、希望をいだいてのものだったのだろう。結局は、荒野から生きて戻ることはできなかったけれども……

 そういえば、劇場公開時に見た映画と、うっかり見落としてしまった映画がきっかけで読んだ本が、「ブロークバック・マウンテン」、「わが母なる暗黒」、「ブラック・ダリアの真実」、「血と暴力の国」、「冷血」、そして「荒野へ」と、アメリカを題材にしたものが続いていた。もっとも、それらの作品をこれまで「アメリカ」というくくりで意識したことはなかった。
 アメリカという国に関しては、日本のメディアの中では最も身近な外国であり、様々な分野のニュースやドキュメンタリーやドラマを見ることができ、関連の出版物等も極めて多い。さしたる興味や関心がなくとも、情報は入ってくる。が、実は自分はなんにもわかっていない……映画に関連して読んだ本を並べてみて、恥ずかしながら、ここにきてようやく気付いたのだった。
 日本と圧倒的に異なる物理的背景は、なんといっても国土の広さと、自然環境の厳しさだろう。この手強い環境に立ち向かい、より良き生活の場へと開拓していった延長線上に今のアメリカが存在する。「自由の国」を標榜し、あらゆる地域から人を受け入れる寛容さを持つ一方、それによって形成されるコミュニティーは排他的で、時には暴力的に余所者を排除しにかかる。それでも、広大な土地にはアウトローを受け入れるだけの懐の深さがある。「荒野へ」のクリス・マッカンドレスがたどった人生は、まさにその背景があってこそなのだと思う。
(アウトローと言えば、米ドラマ「スーパーナチュラル」と英ドラマ「トーチウッド」、どちらも人外・エイリアン・心霊とネタ的には極めて近いものを扱っているのに、全くテイストが異なっている。そもそもの設定が違うんだから当たり前と言えばそうだが、少なくとも「スーパーナチュラル」の兄弟のようなアウトロー的活動手法は、アメリカならではのものであって、英国や日本が舞台では物語が成立しない気がする。)

 ところで、「荒野へ」の中で、非常に気になった点が一つ。 
 後半に、ヘディサルム・マッケンジイ(Hedysarum mackenzii)と、ヘディサルム・アルピヌム(Hedysarum alpinum)というマメ科の植物が出てくる。H・マッケンジイについては、「ワイルド・スイートピー」、H・アルピヌムは「アメリカホドイモ」と訳されている。だが、日本で「アメリカホドイモ」というと、学名はApios americanaであり、Hedysarum(イワオウギ属)とは全く別属の植物なのだ。和名の「アメリカホドイモ」は、一般には属名の「アピオス」の名称で普及しており、主に自家用や直売所向けの新しいイモ類として、全国各地で栽培されている。しかもこの「アメリカホドイモ」は、文中にあるような「ニンジンのような植物の根」などではない。ちなみにH・アルピヌムの英名は「Eskimo Potato」とのこと。
 これらの植物については、物語の核心に関わる重要なポイントなだけに、この誤訳は非常にマズイと思うのだが、これだけ版を重ねて文庫化しても、それについて言及した記述等を見たことがない。多少なりとも植物や農作物に興味ある人なら、すぐに「ヘンだ」と気付くはずなんだけどなあ……

a0021929_3361278.jpgApios americana(アメリカホドイモ)」の花。地元の菜園で。親指大の小さなイモが数珠繋ぎにできるために取り残しやすく、年々勝手に広がって、半ば野生化しているところも。

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by terrarossa | 2009-08-23 03:53 |