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2009年 03月 21日
ビールの思い出
 というタイトルにしてはみたものの、ビールですら飲むと命に関わるほどの筋金入りの下戸につき、当然ながら、酒の席での話ではない。酒が全く飲めないというのはそれだけで結構なハンディキャップだ。だからといって社会人である以上、酒の席との関わりを持たないという訳にもいかず、下戸にとっては不当な会費を払わされ、それどころか最後までシラフで間違いがないだろうということで、しばしば幹事を頼まれ、上司や同僚の送迎をし続けて二十年近く来てしまった。下戸なのに酒宴が得意って、なんだかなあ……

 1996年夏、トルクメニスタンを旅行した。中央アジア、カスピ海の東に位置する国を訪れたことのある日本人はそんなにたくさんいないと思う。国土の九割が砂漠で、降水量はきわめて少なく、夏の昼間には連日50℃以上になるようなところにわざわざ暑い時に行ったのは目的があったからだが、旅行前半はなかなかその暑さに慣れず、なんぼか涼しい早朝から午前中だけ行動し、午後は無理をしないで室内で休んでいた。
 当時はまだソ連邦から独立して数年で、インフラの整備が進んでおらず、道はぼこぼこで所々大穴があき、建物の設備はボロボロなど、全てにおいてアバウトで信用ならない状態だった。アバウトといえば、トルクメニスタンはイスラム教徒が大半を占める国だが、旧ソ連邦だったのと、独立後はニヤゾフ大統領(2006年死去)による独裁国家だったということもあり、禁酒の教えはあんまり守られていないようだった。レストランのメニューには酒類のリストがあり、巷では普通にワインやビールが販売されていた。サントリーの缶ビールなんかもあったのを覚えている。
(話はそれるが、先頃NHK-BSで放映していた英国ドラマ「ステート・ウイズイン」に登場した中央アジアの「チルギスタン」なる国は、トルクメニスタンをイメージして設定されたのだろう。「独裁国家」だったし「アフガニスタンの北」に位置してるし……行った当時は極めて治安が良く、今だってドラマにあったようなテロとか内乱というのは表だっては無いようだが)

 首都アシガバートから列車で十数時間、ウズベキスタンとの国境近くにあるトルクメナバード(旧名チャルジョウ)へも行った。灼熱の寝台列車地獄(長くなるので今は書かないことにする)を経て到着するも、やはりその日もギンギンの快晴だった。あっという間に気温は上昇し、耐え難き暑さに昼間はホテルでぐったりするしかないヘタレ日本人。そんな中、夕方近くなって、同行者の方が「クワス売りが来ている!」と声をかけて下さった。
 クワスは、ほのかな甘味と酸味があり、穀物系の香ばしさ漂う、ロシアではおなじみの飲料である。

a0021929_344593.jpgトルクメニスタン航空の機内食では、クワスが出された(写真右下の茶色い飲料)。

a0021929_352284.jpg街角のクワス売り。これはロシア・ハバロフスク駅前で撮影したもの。

 クワスは、ライ麦または黒パンを発酵させて作った飲料だ。ちょっと変わった味で、ものすごくおいしいということでもないが、この飲料のなにがいいかって、街角のタンク売りのやつはよく冷えているということに尽きる。ロシアでもトルクメニスタンでも、冷えたソフトドリンクなど販売されていたためしはなく、そういう点でクワスは貴重な存在なのだった。
 暑いトルクメニスタンでは、あまり冷たいものを摂ると腹を下すこともあるということで、ずっと熱いお茶を飲んでいた。これはこれで良かったが、たまには冷たいものが欲しいと思っていたので、クワスと聞いては一も二もなかった。
 魔法瓶片手に通りへ出てみると結構な行列で、カップやジョッキを片手にした人々がずらりと並んでいた。心なしか皆、うきうきとしているように見えた。そうか冷たいクワスがすごく楽しみなのだな。クワス売りの兄さんは慣れた手つきでタンクから飲料を注ぎ、手際よく客をさばいていく。なんか妙に泡立っているなあと思いながら半ば暑さでぼーっとしていると、いつの間にか自分の順番に。蓋を取った魔法瓶を差し出すと、兄さんは魔法瓶をちらっと見て中を指さした。見ると、茶殻が二片ほど容器の底にこびりついていたのだった。めざとい人だった。彼は「大丈夫大丈夫洗ってあげるから」というようなゼスチャーをした。すぐ脇に、建物の壁に突きだした鉄管があった。錆びた鉄管からは正体不明の水が、ちたちたと地面にしたたっていた。まさかそれで洗うんじゃ…と危惧したとおり、彼は当然のように魔法瓶を鉄管の下にかざし、あやしさ満点の水でテンポ良くしゃっしゃっとすすいで茶殻を落としてくれたのだった。そして間髪を置かず、素早い動作で容器を飲料でいっぱいにし、満面の笑みを浮かべてこちらに差し出した。金を払って受け取らないわけにはいかないだろう。
 深く物事を考えるには不向きな暑さだった。水のことは置いといて、とにかく冷たいクワスだ。ぐっと一気に流し込んだ。その瞬間、爽快感ではなく、苦い後悔が怒濤のように押し寄せてきた。
 それは、クワスではなかった。冷たくもなかった。ぬるいビールだったのである。大変気の利く、親切なクワス売りの兄さんは、実はビール売りの兄さんだったのだ。

 結局リベンジ(?)は2004年、上記写真のハバロフスクまで持ち越されることになった。夏のハバロフスクで味わったクワスは、心に染みいる冷たさだった。
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by terrarossa | 2009-03-21 03:21 | 見聞録