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2007年 12月 22日
アスパラガスをめぐる旅・番外編
市場で撮った写真の中から、アスパラガス以外のものをちょっとだけご紹介。

a0021929_22322841.jpgアーティーチョークの山。こんだけでかくても、食べられる部分はごくわずか。調製がめんどうで、おそろしく歩留まりが悪いにもかかわらず、ヨーロッパの人たちはこの野菜が大好きだ。

a0021929_22325946.jpg細心の注意を払って商品を並べる店のコワモテおにいさん。と、芸術作品のように陳列された各種野菜。当然、客が商品に触れることは禁止(!)。

a0021929_22334256.jpgとんがりキャベツ。丸いのよりも見かけることが多かった。

a0021929_2234965.jpgホースラディッシュ(西洋わさび)。日本では、市販のローストビーフにすりおろしパックがついてくることはあるが、生はほとんど見かけない。

 どうやら魚はあまり食べられていないらしい。ミュンヘンは内陸だし。広大な市場の中で魚屋は数軒もなかった。しかしここですごく大胆なファストフードを発見。

a0021929_22343753.jpg店のガラスケース内に見えたのは、魚の切り身をそのままはさんだ、巨大フィッシュバーガー。

 ここで日本のアスパラガス事情を少し。
 日本でも以前は、缶詰でおなじみのホワイトアスパラガスを栽培していたのだが、昭和50年代以降はグリーンアスパラガスの生産が主流となっている。全体の栽培の流れはグリーンもホワイトも基本的には同じだが、グリーンアスパラガスは、ホワイトアスパラガスのように、光が当たらないようにわざわざ土盛りして、地上に芽が出てくる前に土の中から掘り出して収穫する、という面倒な過程を経る必要はない。

a0021929_22351161.jpgグリーンアスパラガスの収穫風景。腰にはけっこうな負担が……

 日本において、春の露地アスパラガスは、4月中旬以降に収穫が始まり、6月下旬には収穫を打ち切る。ただし最近、本州の産地では、5月下旬、いったん収穫を中断し、肥料をやって茎を立てて繁らせ、株養成に必要な茎の本数を確保したら、それ以降発生したアスパラガスを秋まで収穫する、という栽培方法が増えている。そんな訳で、夏にも国産のアスパラガスが出回るようになった。夏のアスパラガスは何か無理してつくったんじゃないかというイメージをお持ちの方が多いようだが、決して人為的に生育環境をコントロールしている訳ではない。確かに、色は薄く、食味は春のものにくらべると劣るが、気温が高いため伸長が早く、しかも株を繁らせた日陰の状態で収穫するからなのであって、あくまでも自然に発生したものを収穫していることに変わりはないのだ。

a0021929_22353767.jpg夏も収穫を行うと、毎日畑へ行くことになるから、きちんと管理でき、とても良い状態になる。夏のアスパラ畑in Japan。

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by terrarossa | 2007-12-22 22:45 | アスパラガスをめぐる旅
2007年 12月 22日
続・アスパラガスをめぐる旅
 アスパラガス生産地と博物館をこの目で見たあとは、マーケットへGO。ミュンヘンには、市のまさに中心部に、ヴィクトアリエン・マルクト(Viktualienmarkt)という、写真集も出ているくらい有名な青空市場がある。

a0021929_318842.jpgで、その写真集。ハードカバー・フルカラー・A4変型160頁。ついでに、アスパラガス博物館で購入した、アスパラガスの本。帰国時の疲れた体にとどめを刺すような、実に重量感あふれる豪華本だったよ……

 もうここが、噂にたがわず野菜オタク垂涎の市場だったんである。結局、まる2日間にわたって心ゆくまで入り浸り、その間じゅう、興奮のあまり脳内から変な物質が出まくったらしく、気がつけば500枚を超える野菜・果物の写真を撮っていたのだった。

 9月だからドイツ産ホワイトアスパラガスは無い。
 とはいえ、さすが巨大市場。ほんの少数、輸入物が出回っていた。

a0021929_3184195.jpg左から、ペルー産グリーンとホワイト、タイ産グリーン。420gで7.9ユーロ(1300円くらい)。高い。

 ならばせめて缶詰のアスパラでも、とデパ地下やらスーパーを何軒も回ったが、缶詰のアスパラは見つからない。そう、水煮アスパラはすべてガラス瓶詰めで売られていたのだった。こういうのも環境に配慮した取り組みなんだろうな、と妙に納得。

a0021929_3191646.jpg環境に配慮した取り組みのわかりやすい事例。居並ぶ分別ゴミ箱。

(そういえば、缶ビールを見かけることはほとんどなかった。ビールも瓶ばかりで、スーパーへ行くと、お徳用6本パックなんてのがたくさんあったが、瓶の6本パックは、当然のように、とてつもなく重い。ガタイのいいドイツのみなさんにとっては、屁でもないのかしらん)。

 さて、そのアスパラの瓶詰めだが、地元ドイツ産のほか、ペルー産、中国産があった。ドイツ産は輸入瓶詰めにくらべて若干値段が高い。また、長く太いものが高級とされているようだが、細いもの、短くカットされたものが入った「お徳用」など、サイズや中身の形状についてもいろいろあったのが印象的だった。

a0021929_3194928.jpgこれが日本に持ち帰ったアスパラの水煮瓶詰め。右、ドイツ産お徳用サイズ。左、ペルーからの輸入もの。帰国時の疲れた体にむち打つような、重量感あふれるワレモノ(しかも中身に液体)だったよ……


 いや。
 市場の写真集だのアスパラ瓶詰めなんかは、実のところたいしたものではなかったということを、ここで告白せねばならない。帰国時の荷物があっさり20㎏オーバーしてしまった最大の原因は、これでも厳選したつもりのフスバル雑誌もしくはカタログやらの数々なのであった。とほほほ……

a0021929_3201141.jpg「戦利品」ラインナップ。ああジャーマンのかほり。ドイツ語がちんぷんかんぷんであるにもかかわらず、眺めているだけでこの上なくシアワセな気分に(←またなんか変な物質が脳内から出ているにちがいない)。

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by terrarossa | 2007-12-22 03:31 | アスパラガスをめぐる旅
2007年 12月 21日
アスパラガスをめぐる旅
 そもそもドイツへ行こうと思い立った理由の一つは、「ドイツのアスパラガスを見たい」と思ったから。
 ドイツで「アスパラガス」というと、一般的にはホワイトアスパラガスのことを指す(もちろん、グリーンアスパラガスもあるけれど)。
 国産のホワイトアスパラガスが出回るのは4月から6月まで。だが、ドイツへ行ったのは、アスパラガス的には完全オフシーズンの9月。できればホンモノのドイツ国産ホワイトアスパラが出回っている時に行きたかったのだが、その時期に仕事を休むことはできなかった。残念だが仕方ない。

 ドイツにおいてアスパラガスは、春の到来を告げる野菜として、特別な存在なのだという。収穫期間もきっちり決められており、6月24日の「聖ヨハネの日」以降は収穫しないことになっているそうだ。わざわざキリスト教の聖人にちなんだ日を収穫終了日に定めているあたり、アスパラガス栽培には、長年にわたる歴史的・文化的背景があることをうかがわせる。もっとも、「聖ヨハネの日」を収穫打ち切りとしたのは、栽培上、理にかなっているから、その日をうまく当てはめたのだろう。春に収穫するアスパラガスは、前年に根の部分に蓄えていた貯蔵養分を使って発生するのだが、その養分がちょうど6月中~下旬頃に切れるのだ。だから、この時点で収穫を打ち切ると同時に肥料を与え、この日以降発生した茎を伸ばして、わさわさ繁らせる。これを「株養成」と言い、アスパラガスは夏の間にせっせと光合成してエネルギー生産し、それを貯蔵養分として根に蓄えていく、という訳。近頃では、採りすぎを避け、より生産性を上げるため、6月24日以前に収穫を打ち切って株の養成に入るところも多いとのことだ。

 そんなドイツには、国内のあちこちに(ちょっと調べただけで6カ所も!)「アスパラガス博物館」なるものがあるという。ついでにいうと、「アスパラガス博物館」はドイツだけではなく、イタリアにもオランダにもあるんだそうだ。欧州の歴史と文化とアスパラガス。うーむ、やはりただの野菜ではないな。
 で、ドイツ行きにあたって、できればドイツ国内の「アスパラガス博物館」を全部訪れてみたいと思ったのだが、調べてみると、オフシーズンの9月でも開館していると確実にわかったのは、バイエルン州のシュローベンハウゼン(Schrobenhausen)にあるヨーロッパ・アスパラガス博物館(Europäisches Spargelmuseum)だけ。てか、ドイツは広いので、たとえ各地の博物館がオープンしていたとしても、一週間の日程では国内各地に散らばる博物館をハシゴするのは物理的にムリだ。ということで、旅行先はドイツ南部に決定と相成った。

 シュローベンハウゼンは、まず、ミュンヘン中央駅から電車で40分、アウグスブルグ郊外のAugsburg-Hochzoll駅まで行き、そこからインゴルシュタット行きのディーゼル列車に乗り換えて30分。ミュンヘンの北西約50㎞に位置する、城壁に囲まれた静かな町である。

 シュローベンハウゼンに到着したのは午前中。博物館の開館までだいぶ時間がある(7月~4月の開館時間は、毎週水、土、日の14:00~16:00のみ)。シュローベンハウゼンはバイエルン州屈指のアスパラガス大産地というのだから、当然畑があっちこっちにあるに違いない、と勝手に思いこみ、博物館開館を待つ間に、徒歩で畑探索を開始。
ところがアスパラ畑にはなかなか遭遇しない。
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アスパラ畑はどこだー!!


a0021929_2312999.jpg周囲1㎞四方は誰もいないんじゃないかという広大なフィールドを徘徊すること約1時間半。ついにアスパラ畑を発見。おお、ドイツのアスパラ畑だ!

 このアスパラガス、支柱無しでも倒れないよう、80センチくらいにカットしてあるし(そのままにしとくと2m以上は伸びる。ほんとは支柱を立ててできるだけ長く縦にキープしておいたほうが生産性が上がる)、9月も半ばということであちこち病気になっているし、雑草も生え放題。大面積を管理するのは大変そうだなあ。
 さらさらの軽い土なので、靴が汚れ、風が吹くと土ぼこりがブハーっと上がり、いがらっぽくなることこの上なし。でもこういう土質こそが、土の中から掘って収穫するにはたいへん都合が良いのだとみた(雨が降ったらべたべたになりそうだが)。

 畑を前にしてあれこれ感慨にふけっていたら、いつのまに博物館の開館時間近くになっていた。急いで町に戻り、博物館へ向かう。
 小さな博物館ながら、歴史、文化だけでなく、現在の栽培技術についても詳細に展示してあった。

a0021929_2331120.jpga0021929_2332964.jpgアスパラガスのためにつくられた、数々の調理器具や食器の展示。


a0021929_2335920.jpg昔の収穫風景を再現。土を盛って、うねをコテできちんと成形して、土のひび割れ具合からアスパラガスの位置を確認して掘り取っているようす。現在はこれらの作業が機械化されて、より大規模な経営も可能となっているとのこと。


a0021929_235314.jpg春にはここで、アスパラガス掘取り実演イベントなんかもあるそうだ。うーん、いつか見たいものだなあ。
今は静かに株養成中。

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by terrarossa | 2007-12-21 02:58 | アスパラガスをめぐる旅
2007年 12月 04日
Sittlichkeit!
 9月のドイツ旅行は、ミュンヘンに1週間滞在し、電車とバスと徒歩で狭い範囲を濃く歩き回るといういつものパターン。今回のテーマは野菜とサッカーという、なんとも極端なものとなった。

まずはサッカーの話から。
地元のクラブチーム、FCバイエルン・ミュンヘンの練習場はオープンな雰囲気で、たくさんのファンが訪れていた。選手のみなさんも、きちんとファンサービスをこなしていた。
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練習終了後、取材を受けているマルク・ファン・ボメル選手。

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ファンとの写真撮影に応じるフィリップ・ラーム選手。

ここにはカフェもあり、コーヒーやビールを飲みながらゆっくり練習見学できる。
本当はスタジアムで試合を見たかったのだが、チケットが売り切れていてそれは叶わず、練習場のカフェで試合観戦した。店内はテレビを見ながら応援する人たちでいっぱいで大盛り上がり。これはこれで、非常に楽しかった。

さて、ミュンヘン市内を歩き回って目についたのがこれ↓。a0021929_1541949.jpg
新聞の無人販売ボックスである。駅やバス停、いたるところに設置されている。
ぱかんと蓋を開けると中に新聞が積んであって、お金を入れて自分で取り出すしくみとなっている。モラルに訴えるような販売方法だなあ。や、おおむねルールが守られているからあっちこっちにあるんだろうけど、自分の読みたいところだけ読んで、また丁寧にたたみ直して元に戻しているちゃっかりさんを目撃。そのへんは適当にうまくやってるってことか。

同じように、農産物の無人販売も目についた。
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背後にはお花畑。自分で好きなところを切って、その分お金を払ってねというもののようだ。

a0021929_155844.jpgハロウィーン用の飾りカボチャ販売。代金は、簡単に持ち逃げできそうもない、ドラム缶にセメントを流し込んだもので固定されている重量感溢れる箱へ。

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by terrarossa | 2007-12-04 02:11 | サッカー
2007年 12月 03日
ヘルプ・ミー・エロス(2007、台湾)
注意!!
以下の内容は、映画「ヘルプ・ミー・エロス」(李康生監督)、「河」(蔡明亮監督)の、ずばり結末のことについて書いたものなので、結末を知りたくない未見の方はお読みにならないで下さい。

 転勤・引っ越し・転勤と繰り返し、いちだんと東京が遠ざかってしまった今、ますます映画を見に行くことが難しくなってしまった。仕事の内容も変わり、家でDVDを見るほどの精神的余裕もないのだから、映画を見なくなったのは物理的距離の隔たりばかりでもないのかもしれない。
 それでも第8回東京フィルメックスでは、二本の映画を見ることができた。
 そのうちの一本が、李康生監督の「ヘルプ・ミー・エロス」だった。
 このひとの作品というと、彼を俳優として見いだした蔡明亮監督とのつながりを、どうしたって意識せずにはいられない。蔡監督がいなければ、彼が俳優として、まして映画監督として映画の世界にいることなど想像もつかないからだ。そういう特別な関係であるからこそ、李康生という俳優がみずから映画監督になったとき、師匠である蔡明亮の作品そのままの世界になってしまうとしても、ある程度はやむを得ないだろう。彼の監督としての第一作「迷子」は、まさにそうだった。けれど、「迷子」は、同時期に発表された蔡明亮監督の「楽日」と対をなす内容となっていて、似通っているからこそ、互いの作品世界に深みと厚みを与えあうような相乗効果があった。

 さて、今回の「ヘルプ・ミー・エロス」は李監督の長編二作目。仕事に失敗し、絶望する男の性愛の物語とのことだが、正直、うーむ……といったところ。二作目ということで監督業もこなれてきたようだし、前作の「迷子」とくらべると、自分のやりたいことができるようになったらしいことがうかがえもした。が、だからこそ、中途半端に今あるところから脱却しようとして、結果的には蔡明亮のもとへ引きずり戻されてしまったような居心地の悪さばかり感じられて仕方がない。
 この映画には(「も」と言った方がいいかもしれない)、孤独な人たちが次々登場する。主人公などは、絶望して自殺を企てるところまでいくのだが、その割には、彼を気にかけ、その体に触れて、濃密な行為に及んでくれる人たちがいたりもするのだ。金払ったって触れてくれる人など誰もいない、という訳じゃない。肉体的接触ですら、なんのなぐさめにもならなかった、ということかもしれないけれど、なんだかなあ。感じるところは人それぞれだろうが、個人的には、いまひとつ説得力に欠けるような気がしてならなかった。
 結局最後は、夜、開け放たれた誰もいない窓、大量に舞い散るハズレ宝くじ、で終わるのだけれど、そこには「Hole」のようなカタルシスも、「河」のような苦い現実感もない。
 「河」も、開け放たれた窓(バルコニー)のシーンで終わる。首が曲がったままの主人公の姿が一瞬見えなくなり、絶望のあまり飛び降りを図ったのか、と思わせるが、次の瞬間、曲がった首をさすりながらたたずむ彼の姿が再び現れる。そう簡単に現実は断ち切れないのだ、という強烈なメッセージのようなものが伝わってくるラストシーンだった。
 李監督によると、ラストシーンはあえてどうとでも解釈できるようにした、ということだが、それこそがこの作品の最大の弱点だったように思う。そもそも作品全体がマリファナでけむっているような世界だから、もやもやしてるのは仕方ないってか。

(シラフで映画を見ている方としては、クスリ頼みの場面になると、途端にしらけてしまう。話は飛ぶが、昨年、東京国際映画祭で見た、鄭有傑監督の「一年の初め」はそういう意味で大きな失望を感じた作品だった。前作の「シーディンの夏」をものすごく気に入ってしまっただけに、百年の恋が冷めるが如くがっかりしてしまったことを覚えている。いや、だからって、なにもクスリが出てくる映画が全部ダメということではない。問題は、もっとも重要な場面とおぼしきところでドラッグを使っちゃった、ということにある。肝心なところをシラフで乗り切って欲しかった、と今更ながら勝手なことをここでほざいてみたりもしたくなる。)

 映画祭なので、「ヘルプ・ミー・エロス」上映後、監督へのティーチ・インというのがあったのだが、観客の質問に対して長々と語りだしたのにはびっくりした。あの無口で、口下手だった「シャオカン」が、いつのまに師匠・蔡明亮そっくりになって!
 映画監督としてはまだまだ駆け出しの李康生に、今回は苦言ばかり並べてしまったが、師匠の影をひきずりながらも彼がこれからどこへ向かっていくのか楽しみでもある。日本での上映の機会があれば、多少無理をしてでも彼の作品を見に行かずにはいられないだろう。たとえ期待はずれで、ぶつぶつ文句をたれるはめになったとしても。
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by terrarossa | 2007-12-03 03:05 | 映画