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2006年 07月 20日
ジダン 神が愛した男(2006、フランス・アイスランド)
 ぼんやりと競技場のピッチらしきものが映し出される。ピントが合わないまま拡大され、抽象化してゆくエリア。赤・緑・黒の連続する微細な四角形、テレビのブラウン管。

 すでに試合は始まっている。

 2005年4月23日。
 明らかになっているのはこの日付だけだ。
 チーム名も、競技場の場所も、なんの試合かも、字幕では示されない。
 スクリーンを見つめる257席の観戦者を拒絶するかのように、ピッチ全体を映し出すカメラは決して焦点を合わさない。
 唯一明確に識別できるもの、それはジネディーヌ・ジダン、ただひとり。
 ボールの動き、試合展開、といった実況中継的な要素を徹底して排除し、執拗に、舐めるように、17台のカメラはジダンというプレイヤーだけを追い続ける。汗のしたたり落ちる顔、握りしめた拳、芝生に引っかかるシューズの感触をいちいち確かめているかのような独特の歩き方、不連続な息づかい、チームメートへ向かって発せられるごく短いかけ声。

 ジダンはレアル・マドリードの一員として試合に臨んでいる。ピッチには22人の選手がいるはずだ。せわしく交錯する複数の人間の姿が、時おりぼんやりと画面に現れては消えていく。彼らは意図的に曖昧な存在へと追いやられている。背番号を手がかりに、単なる記号としての認識にとどまらざるを得ない選手たち。ジダンに声をかける「3」(ロベルト・カルロス)、ゴールへ走りこむ「9」(ロナウド)、敵のクロスに阻まれる「7」(ラウル)、ピッチを駆ける「23」(ベッカム)、背中だけが画面の端をかすめた「10」(フィーゴ)。
 
 大音響の声援。大写しになるひとりの男の輪郭。
 苦行僧さながらの厳しい横顔が、何かを射抜こうとするような鋭い視線でもって、画面には写らないボールの動きを追っている。ゆっくりと距離を縮めていく。そして、唐突に消失する。が、次の瞬間、トップスピードにのった彼の姿がふたたび現れる。幾人ものチャージを軽々とかわす軽やかな足取り。ボールはまるで重さのない風船のように、しばし彼の足のまわりを戯れる。ねじれてゆがむ時間軸。
 行われているのはサッカーの試合だ。そして選手は22人。
 だが、そこにあるのはただ、圧倒的な孤独と寂寥感だ。孤高の天才は、たったひとりで試合に挑む。ひとりぼっちのジズー。


 隣に座った中学生二人組がひそひそ話を交わす。苛立たしげにスナック菓子の袋を音を立てて開け、持参したペットボトル飲料を少しずつ飲んでは、そのたびに座席のホルダーへ乱暴に戻す。
 ひとことの字幕もつかない早口なスペイン語の実況や、いっこうに焦点の合わない引きの構図に、彼らはあきらかに戸惑っている。
 ボールを持っていようがいまいが、画面にはっきりうつるのはジダンただひとり。試合中継でもない、ましてやジダンの華麗なプレイを見せる映画でもない。この「サッカーの試合」の表現方法が、年若い彼らには難解に過ぎたのだろうか。

 ハーフタイム、その日世界で起こった出来事が、簡潔なテロップと共に、次々と紹介される。キューバ、スペイン、イラク、インドネシア、そしてジダンの子供が風邪をひいた、と。一瞬にして世界へ散らばっていったイメージは、結局またピッチのなかへ、ジダンという人物のなかへ収束してゆく。
 後半、蓄積していく疲労。汗で貼り付いたユニフォームの不快な感触。荒くなる呼吸。ソックスを引き上げる長い指。
 試合に大きな動きがあったようだ。試合運びは断片的にしか描写されないから、前後の展開がよくわからない。荒れ狂うブーイングの嵐。プレーを巡ってトラブルが起きたのか、渦中へ詰め寄っていくジダン。選手たちのつかみ合い。そこからジダンを引き離し、鎮めようとしている選手に、初めて焦点が合う。今度ははっきりとわかる。ベッカムだ。眼前に差し出されるレッドカード。退場を命ぜられ、ピッチをあとにするジダンの肩を抱き、観客たちに拍手を促すラウル。見送るチームメイトたち。
 画面は再び拡大、抽象化され、赤と緑と黒の連続模様に収斂する。エンドロール。
 
 試合の結果はわからないままだ。
 そう、これは映画という技法を用いて描かれたジネディーヌ・ジダンの肖像画だ。描かれるべき対象が舞台から去れば、そこで描写は強制終了せざるを得ない。彼が去った後の試合展開は、この映画にとっては全く意味のないものなのだ。

 きれぎれに挿入される無言のテロップ。
 「いつか魔法の解ける日がやってくる。
 ……引退したら、ピッチの緑が恋しくなるだろう」
  
 ひどく残酷なかたちで「魔法が解かれた」ことを、ここの観客たちはみな認識している。
 それを予告していたこの肖像画作品のあまりの精緻さに、ふたたびやりきれない思いがよみがえる。
 だが、世界中で交わされているであろう、センチメンタルな見解はもういい。
 等身大のジネディーヌ・ジダン、フィルムに記憶された真実の断片が存在すること。
 多分それは、喜ばしいことなのだ。


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自分としては割とめずらしく、見終わった直後の衝撃を、衝動の赴くままに書いてみたらこうなった。なんだかなあ。
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by terrarossa | 2006-07-20 00:16 | 映画 | Comments(0)
2006年 07月 11日
一枚一頭
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カエルだらけのメロンの葉。餌待ち待機中。
春に孵ったおたまじゃくしがここまで育ったかー(しみじみ)。

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お肌しっとり。
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by terrarossa | 2006-07-11 19:32 | いきもの | Comments(2)