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2004年 06月 28日
今さらのハバネロ
せっかくたくさん収穫できたというのに、味見してもらった人全員に「もういらない」と言われ、写真撮影の後、仕方なく処分したハバネロ(2001年撮影)↓
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 世界一辛いと言われているメキシコのトウガラシ、その名も「ハバネロ」。ほんとに世界一かどうかについては諸説あるようだが、数あるトウガラシの品種の中でトップクラスの辛味を持っていることについては間違いないと思われる。
 日本では、ごくごく最近「暴君ハバネロ」という名のスナック菓子が話題になったり、イタリアンレストランなどでこの品種を使ったソースが置かれるようになったりして、一気に知名度が上昇したようだ。
 それにしても「ハバネロ」、今頃ブレイクするとは。
 
 「ハバネロ」という品種を知ったのは、今から8年ほど前のこと。大阪のとある種苗会社のカタログに「辛さのあまり失神者続出!」とかいう、とんでもないあおり文句と共に紹介されていたのを見たのが最初だった。ほんとかよ?と半信半疑になりつつも、好奇心から種を購入し、栽培してみた。
 さて、そんな「ハバネロ」の果実ときたら、形はトウガラシというより、小さめのピーマンのような可愛らしいハート型。表面はプラスチックのつくりものを思わせるツヤツヤの美しい光沢を持ち、未熟果は緑色、熟すると明るいオレンジ色になる。しかもほんのり甘い香りすら漂ってくるではないか。
 だが、この一見ラブリーな外見と香りに騙されてはいけない。

 まず、収穫しながら辛さにむせる。この時点で既にただ事じゃない。しかし人に紹介するには、まず自分が口にせねばと、思い切ってかじってみる。んん?なんだこの妙にフルーティーな香りと甘味は?やっぱり日本で作ったのは辛くないのかなあ。ははん、大したことないじゃーん!(←この間3秒)と、気が緩んだ瞬間。

 来た来た来た来たぁぁぁぁ!うおぁおおぉぉおぉっ!

 はっきり言ってこれは凶器以外の何者でもない。反則技だ。試合開始のゴングと同時にパイプ椅子が出てきたようなもんだ。
 「激辛」ではない。「激痛」だ。口の中だけではない。包丁で刻んだら手が痛くてたまらない。こりゃかなわんと石けんで念入りに手を洗った後もまだ続く痛み。指を舐めれば(よせばいいのに)再び舌を襲う猛烈な辛味、いや痛み。そのように凶器と化した手で顔を触ったり、まして目などこすったり、小用を足しに行ったりするのはもっての外である。

 かように劇的でありながら、フルーティーなテイストも備えている魅惑の辛さ(?)が特徴のハバネロ。そのまま料理に入れたり、ソースに加工したりするのが一般的な利用法だ。ところで世の中は韓国ブーム、ハバネロを使った激辛キムチなんてどうだろう、と思ったのだが、この品種は肉厚でオレンジ色をしているため、乾燥品には向かない(乾きにくい上、色が悪い)し、独特の甘ったるい香りもキムチには合わない。ハバネロキムチ、もしあったとしてもあんまり食べたくないなあ(トッポッキあたりだったら使えるかもしれない)。
 野菜一般に言えることだが、メキシコの品種はメキシコ料理に、韓国の品種は韓国料理に、というのが最もふさわしい使い方なのだろう。なぜその国でその品種が栽培されているか、というのには必ず理由があるのだ。

 余談だが、そんな超弩級に辛いトウガラシでさえも、ばりばり食べる奴らがいる。その強者の名は、農業害虫界の王者(の一員)、オオタバコガ幼虫。果実に大穴を空けて、その中でぼってりと丸まっている姿を発見した時、「こいつらの味覚って一体……」と言葉を失うことしばし。さすが王者の名に恥じない食いっぷりであることよ(……などと感心してる場合じゃないんだが)。
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by terrarossa | 2004-06-28 03:31 | いきもの
2004年 06月 23日
見る、見る、見る、描く
ものすごく久しぶりに絵を描いてみた。

色鉛筆画は2年ぶりくらいかもしれない。
ほんとうに気が向いたときしか描かないので、いつもそんなペースだ。
でも始まると、「寝ない、食べない、トイレも行かない」くらい夢中になる。
描く作業に集中している時間がとても好きだ。

描くという行為は、その対象を深く理解するための非常に有意義な手段だと思う。
たとえ仕上がりがへぼだったとしても、正確に描写しようと思う気持ちが強ければ強いほど、あらゆる部分の細部まで見るからだ。
色鉛筆画に関して言えば、自分の場合、「生物の標本スケッチ」がそもそものスタートだったせいか、いかにモノやヒトのかたちを客観的にとらえるかという点ばかりに関心が行ってしまい、内面の心理や造形の美といった情緒的でアーティスティックな方面への興味はいつもお留守になってしまう。
部品はどのように組み合わせられているのか、ネジの部分はどのような形になっているか。
普段意識して見ないような部分まで凝視することになる。集中すればするほど、そこへのめり込んでゆく。
相手が人物でもそれは同じ事だ。

だが、そのように深く「見る/見られる」関係にあるものが生身の人間と人間であった場合、しばしば事態は、単純に「絵を描く」という範囲を超えるものとなるらしい。
先日、「真珠の耳飾りの少女」という映画を観た。実在の画家、フェルメールをめぐるフィクションなのだけれど、俳優の演技は言うまでもなく、フェルメールの絵の世界がそのまま動いているようなセット、色彩がとりわけ素晴らしかった。
そして何よりも、絵を描くという行為がもたらす様々な事象を非常に丁寧にわかりやすく描写していて、そういう点で非常に気持ちのよい作品だった。

もっとも、当の自分がどうかといえば、身辺に居る訳でもない二次元の世界の人物ばかり描いている(従って、他者とどうこうなんてことは全く無い)。技術はぜんぜん伴ってないし、マスターベーションと言われても仕方ないけど、ルーツが「生物の標本スケッチ」だもの、そんなところが妥当か。
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by terrarossa | 2004-06-23 02:37 | 見聞録
2004年 06月 20日
橙色の夜
a0021929_44119.jpg 航空機の窓から初めてロンドンの夜景を眺めた時、それがオレンジ色だったのが、とりわけ印象的だった。ロンドンの夜はメチルオレンジ、暖色なのにひんやりと無機的で、あらゆるものの輪郭を際だたせる、低圧ナトリウムランプの色だ。
 「橙色の夜」はロンドンだけではなく、続いて訪れたスペイン、オランダ、ベルギー、ロシアも同様だった。ヨーロッパだけかと思っていたら、韓国も中国も夜のあかりは橙色。霧や煙などが発生しても物がはっきりと見え、しかも低コストという低圧ナトリウムランプが外灯に使われるのは、別に不思議なことではない。今まで訪れたことがある外国はそんなに沢山ではないから、推測の域を出ないが、もしかすると世界的には橙色の夜が標準で、白色の灯が圧倒的に多い日本の方が、特異的なのかもしれない。
 日本人は白い光を好むと言われている。そういえば外灯だけではなく、室内も蛍光灯のまばゆく白い光が圧倒的に多い。もっとも、日本でも高速道路やトンネルを中心に、以前からナトリウムランプは使用されていたし、最近は外灯に「橙色の灯」を使うところも増えてきた。蛍光灯も黄色みを帯びた「電球色」が売られるようになった。光の色に対する好みも少しずつ変わってきているのだろうか。
 が、そうは言っても、今のところ、日本の夜は圧倒的に白い光に満ちている。だから、海外へ行った時「ここは外国なんだ」と実感できる瞬間は、何と言っても夜。冴えたメチルオレンジの光に染まる街は、少なくとも見慣れた日本の夜の色ではない。
 そんなことばかり意識していたら、今では高速道路やトンネルの橙色の灯に遭遇するたびに、「ここは外国気分」を味わえるようになった。何はともあれ、安上がりでいい。
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by terrarossa | 2004-06-20 04:42 | 見聞録
2004年 06月 13日
台北駅、2004年5月4日、AM6:40。
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 台北駅で、偶然ある人に会った。

 3泊4日の短い台湾旅行だった。
 一人旅だったので特にスケジュールも立てず、気の向くまま映画を見て、本屋に行って帰ってきた。

 台湾人のその人は、現在兵役に就いている。
 彼はものをつくる仕事をしており、その作品を好きになったことがきっかけで知り合った。とはいっても、個人的に連絡を取り合うような親しい間柄ではない。友人と呼べるような対等な立場ではない。まして兵役中のこと、その所在などわかるはずもなかった。

 帰国の朝、寝坊して地下鉄を一本乗り過ごし、台北駅到着。空港行きバスターミナルは、駅地下に延々と続くショッピングモールの向こうだった。
 シャッターが下りて静まりかえった地下街を、ただひたすら急ぎ足で歩いた。向こうから人が来ることにも気付かないほど焦っていた。反対方向から誰かが歩いて来る、と気付いたのは、すれ違った瞬間のことだった。反射的に振り向いた。いつもなら、誰かとすれ違うたびにいちいちそんなことはしないが、不思議なことにその時は、絶妙なタイミングで、お互いがお互いの方を同時に見たのだ。で、ふたりして「なんでここにいるの?」
 この日は特別に、軍の行事があるとかで、駅に集合していたという。時間の合間を見て地下へ買い物しに下りてきたところだったらしい。お互い急いでいたので、5分間ほど立ち話をしただけで別れた。偶然というにしては、あまりにも凄すぎるタイミングで、いまだに信じられない。話しているときは冷静だったつもりだが、独りになって急に怖くなり、これから自分が乗る飛行機が落ちるんじゃないかと本気で心配してしまった。だから、無事成田に到着したときは、心底ホッとしたのだった。

 映画「ブエノスアイレス」(監督:ウォン・カーウァイ)のラストシーンを思い出した。
 アルゼンチンで恋人とも友人とも訣別した主人公・ファイ(トニー・レオン)は、独り香港に戻る途上、台湾に立ち寄り、友人の家が営む屋台をひそかに訪ねる。そこで彼は、「世界の果て」にたどりついた友人の写真を見つける。だからといって再び友人に会える確証は全くない。恋人との関係は二度と元に戻らない。そんな状況であるにもかかわらず、彼は「会いたいと思えば、いつでも、どこでも会うことができる」と確信するのだ。何も確かなものはないというのに、不思議とあかるい、なにかが浄化されるようなエンディングだった。

 実際に会うことが不可能でも、自分の記憶の中や、誰かの思い出の中で「会う」ことはいくらでもできるのだ。
 個人的に色々あった時期にこの映画と出会って、随分と救われる思いをした。

 あれから6年が経った。
 「念ずれば思いは叶う」ということも、もしかしたら本当にあるのかもしれない。
 先日の、信じがたいような「5分間の再会」があってから、少しだけそう思うようになった。
 歳ばかりとって、相変わらずろくでもない毎日を過ごしていることに変わりはないけれど。
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by terrarossa | 2004-06-13 06:50 | 見聞録
2004年 06月 07日
ユジノサハリンスクからポロナイスクへ その1
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 2000年10月末。 
 函館発ユジノサハリンスク行きの便は、アントノフ24型機という古い小さなプロペラ機だった。これでもれっきとした「国際線」だ。
 機体後方の出入口に掛けられたタラップを上がっていく。薄暗い機内は、わざと寒々しさを強調しているのかと勘繰りたくなるような、うら寂しい青灰色に塗られており、古びた円い窓の周囲に打たれた鋲は、何度も塗装を繰り返した跡がついていた。ベニヤ板製の壁は、うっかり寄りかかろうものなら簡単に破れそうなくらい薄っぺらかった。さらに、カーテン生地のようなくすんだ色のシートは横幅に少しの余裕もなく、どう考えてもこの便を運行しているロシア人向けのサイズではなかった。前に並んでいた長身の乗客は、低い天井にぶつからないよう、不自由そうに腰をかがめて歩いていた。
 ほぼ定員いっぱいの、30人あまりの乗客達は、皆無言でぞろぞろと狭い機内へ進み、着席してゆく。西洋系と東洋系の割合は約半々。ツアー客を募集している夏ならともかく、間もなく冬を迎えようとするこの中途半端な時期に、独りでサハリンくんだりへ観光旅行に出かける物好きは滅多にいないはずだ。案の定、大半はビジネス客らしかった。
 短い滑走の後、機体は瞬く間に離陸した。ほっと一息つくかつかないかのうちに、機内食が配られたが、プロペラの振動のせいで、トレイがどんどんテーブルの前方にずれていく。時々トレイを手前に引きもどしながらの食事は、なんだか落ち着かない。

 ふと、後ろに座った二人の中年男性の話し声が聞こえてきた。どちらも日本人で、漁業関係者のようだった。日本とサハリンのビジネスは、水産業に関するものが多いと聞いている。二人は、水産加工会社との取引の事をしばらく話題にしていたが、ひとりが「そういえばね」と声の調子を変えた。
「こないだの遭難事故、まだ三人行方不明になったままでしょう」
「ああ、家族の方はお気の毒ですね」片方が相槌を打つように応えた。
「行方不明だと、生きているのか死んでるのかわからないから、かえって辛いんですよ。気の毒で、見ていられません」
「ええ」
「それほど沖合でなくたって、一日捜索にてこずったら、まず遺体はあがりませんね、このあたりでは」
「そうなんですか」
「いつだったかね、その時も二人行方不明になって、とうとう見つからなかったんです。私はね、そりゃ鱶にやられたんだろうなと思ってたんですよ。北の海は餌が少ないですから」
「津軽海峡にも、うようよしてますしねえ」
「いやそれが、違ったんですよ……その直後はタコが豊漁で、大きなのがたくさん水揚げされてね。で、解体したら、切ったタコの頭から、人間の髪の毛がいっぱい出てきたんだそうです。消化されないで体内に残るんだと言ってました。一番先に嗅ぎつけるのは奴らだったんですよ」
「鱶ではないんですか」
「ええ、だから誰か行方不明になると、そこではしばらくタコ漁はできないとか」
「いやあ、なんだかぞっとする話ですね」
タコの話はそれっきりで、二人は再び仕事の話を始めた。

人の髪の毛を溜め込んだタコが、この海のどこかにまだいる。彼らの話は本当だろうか?
プロペラ機は宗谷海峡にさしかかっていた。オホーツク海の白波が、低空飛行のせいかひどく間近に見えた。
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by terrarossa | 2004-06-07 05:02 | 見聞録
2004年 06月 04日
ハッタリをかます
a0021929_241.jpgなんとなく「ガ」の話題は続く……

 「フタナミトビヒメシャク」属するシャクガ科の幼虫は、直立して微動だにしなくなることで外敵の目を欺き、自分の身を守るのだが、同じガの仲間でも全く正反対の行動で身を守ろうとする者がいる。それが「フクラスズメ」(写真参照)。「ヤガ科」という大きなグループに属するガである。食草はイラクサ、カラムシなど。人間の勝手なイメージからすると、どっちにしてもいがらっぽくて不味そうなゴハンのように思えるが……
 「ふくら雀」などという非常にかわいらしい名前を持っているにもかかわらず、幼虫はご覧のとおり、実に禍々しい外見である。毒は無いのだが、老齢幼虫の体長は7㎝にもなるので、虫があまり好きでない人なら絶対にお近づきになりたくない類のコワモテくんであること間違いなし。

 その彼らがとる、シャクガ科の幼虫とは正反対の行動。
 仰け反って、ブルブル体を揺らして、威嚇するのだ。禍々しさ倍増である。

 これがしばしば大発生し、そうなるとそこいらじゅうで仰け反った幼虫が一斉にブルブルするのだ。ブルブルするたびに藪全体がガサガサ動くシュールな光景は一見の価値あり!(←マジです)
 脅かす度に必死でブルブルするその姿は、見慣れてみるとなかなか健気ではある。だがしつこく構っていると、疲れてくるのか、あんまりブルブルしなくなる。ハッタリかまして虚勢を張るのは物凄いストレスなのかもしれない。お疲れ様。
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by terrarossa | 2004-06-04 02:05 | いきもの