カテゴリ:サッカー( 46 )
2011年 12月 30日
自分用フットボール備忘録2011
 震災と原発事故のために、それまでぼんやり思い描いていた色々なものがいったんリセットされ、さらに転勤、引越、増え続ける業務量。いつまで続くのか?半減期が30年だそうだから、多分退職するまで影響していくんだろう。田畑や山林は動かせないからな。せめて脳内だけでも現実逃避しなきゃ、とてもじゃないがやってらんない。日常生活とは全く関係ないサッカーにはまって、ほんとに良かった。
 そんな2011年がもうすぐ終わる。

◆2011年に見た試合
 5月 4日アジアチャンピオンズリーグ:名古屋グランパス×杭州緑城(瑞穂陸上競技場)1-0
 6月25日Jリーグ:名古屋グランパス×浦和レッズ(豊田スタジアム)1-1
 7月17日Jリーグ:モンテディオ山形×名古屋グランパス(NDソフトスタジアム)0-2
 9月10日Jリーグ:柏レイソル×名古屋グランパス(日立柏サッカー場)2-1
10月22日Jリーグ: 大宮アルディージャ×名古屋グランパス (NACK5スタジアム大宮)2-3
11月 3日UEFAヨーロッパリーグ:シャルケ04×AEKラルナカ(フェルティンス・アレナ)0-0
11月 5日ブンデスリーガ:バイヤー・レバークーゼン×ハンブルガーSV(バイアレナ)2-2
11月19日Jリーグ:横浜Fマリノス×名古屋グランパス(日産スタジアム)1-2
12月 3日Jリーグ:アルビレックス新潟×名古屋グランパス(東北電力ビッグスワンスタジアム)0-1


 色々かいくぐって遠征に出かけた結果が9試合(半ば意地になって見に行っていたところもあったと思う)。応援しているチームが負けたのは1試合だけだった。

 その負けた試合が、柏×名古屋戦。初の日立台だった。素晴らしい雰囲気のスタジアムと聞いていたので期待していたが、それはアウェー客にはとことん厳しいという意味なのだということを即座に理解。ビジター席が最悪に見辛い。前の人の頭が邪魔になる傾斜の緩さ、座席の狭さ、そしてコーナーの後ろにも伸びている席。ホーム側のサイドが全く見えない。いつもはゴール裏で見るのだが、たまには座席で落ち着いて見たいと思ったのが裏目に出た。
 試合はというと、前半、名古屋が玉田の素晴らしいフリーキックで抜け目なく先制したが、やがて柏の執拗な攻めに名古屋が崩れ出す。中盤がつながらない。だから前に行けない。防戦一方になってぐだぐだになり、ついには逆転で敗戦。しかも監督がピッチサイドで暴れて(←語弊)途中退場…その模様はビジター席から全く見えない。見えないのに退場というのが二重に腹立たしい。後から調べたら、癇癪起こしてスピーカーを蹴っ飛ばしたらしい。こんなひどい内容の試合を見たのは初めてだったな…今までがラッキーだったのかもしれない。や、今にして思えば、さすが優勝チームでした、というところかなあ。
 そして実は、11月上旬にほぼ弾丸のような日程でドイツへ行った。2試合観戦してきたのだが、余裕のないスケジュールのせいで非常に悔しい思いをしたため、旅行記を書こうとかいう気がぜんぜん起きずに今に至っている。観戦した2試合ともドローで、ホームなのに凄まじいブーイングで終わるという、とほほな内容だったし。
 印象深かったのが、5月の名古屋×杭州緑城の試合。中国のクラブのプレーを見るのは初めてだったが、ブラジル人選手がよく機能してる、スマートな戦い方をするチームだなあという印象で、プレーも非常にクリーンだった。そういえば、アーセナルとの親善試合も大健闘してて、いい感じだったっけ(たまたまネットで観戦できた)。来シーズン、このチームの指揮を執るのが岡田さんなのだなと思うとなんだか感慨深い。

 来年は何試合観戦できるんだろうか。サッカー熱が冷めない限りは、なんとか時間を作って、できるだけ現地に足を運びたい。

a0021929_2571480.jpg バイアレナの電光掲示板。他会場の試合経過を表示してくれているところ。

[PR]
by terrarossa | 2011-12-30 03:09 | サッカー
2011年 09月 19日
Rot-Weiss Oberhausenに関する続報
 Rot-Weiss Oberhausen(RWO)公式ページのそこかしこにたびたび出現し、上半身裸の選手とともにTバック一丁のヌードを披露し(前記事参照)「負け犬テレビ」の鼎談にも登場している、こいつタダモンじゃねえオーラ全開のなまめかしいおっさんがあまりにも気になって仕方がなかったので、語学堪能な友人の協力を得てその正体を探りにかかったところ、大変興味深い事実が判明した(Nさん素晴らしいタレコミありがとうございます!)。

 やはり彼はエライ人だった。しかも、なんとクラブの理事長だというではないか。クラブで一番偉い人が文字どおり体張って裸で宣伝画像に登場するクラブって一体。

 でもって、件の理事長の名前が、「ハヨ・ゾマース(Hajo Sommers)」氏(52)だということも判明した。だがしかし、プロフットボールクラブのトップにしてはこのおっさん、あまりにも怪し…というか、妖しすぎる。案の定、ちょろっと画像検索したら、女装してるわ裸で踊ってるわで、もう。…ものすごい勢いで、ザンクト・パウリの元オーナー、リットマン氏のイメージが脳内再生される。ああドイツフットボールクラブの懐の深さよ。ガチで「ハヨ姐さん」だったってことかよ!まさにこの理事長にしてUNDERDOGという強烈な存在のマスコットあり、ガタイのいい野郎どもをばんばん裸にひんむいて撮影しまくるフォトセッションあり、てな訳だ。裸ネタは理事長の趣味だったということですね。…けしからん、あまりにもわかりやすすぎる。
 ということで、それまで抱いていた、もやっとした疑問がこれで一気に解決したと同時に、では、なぜこの、どこをとっても堅気ではなさそうなゾマース氏が、どういういきさつでこのクラブを率いることになったのか?という新たな疑問が。てことで調査続行。インターネットって素晴らしい。

 で、夜が更けていくのも忘れ、ひたすら検索→自動翻訳(笑)→検索を繰り返していくと、さらに我々の予想の斜め上を行く事実が発覚。てっきりガチで姐さんだとばかり思い込んでいたゾマース氏の婚約者というのが、それは素敵な大人の女性だったのである。動画などを見る限り、その物言い・物腰とも、絶対に姐さんにしか見えないハヨさんが……どっちもいける(←憶測でものを言うなよ)とはウラヤマシイ。奥深い。奥深すぎる。

 かように底知れぬ謎を秘めたハヨ・ゾマース理事長だが、その正体は、現役の舞台俳優であり、それだけではなく、自分の劇場を持ち、その企画・運営に辣腕をふるう(ふるってると思う)実業家なのだった!プロフットボールクラブのトップを任されるくらいなのだから、相当のやり手なんだろう。アウェイサポ向けな、「しゃいせRWO」プラスチックジョッキの制作販売も、ゾマース理事長の発案らしい(記事はこちら。いかにもフットボールカルチャー誌「11FREUNDE」の好きそうなネタである)。なるほどそうだよねえ。堅気のサラリーマンじゃこの発想はなかなか出てこないよな。女装も裸踊りも俳優活動の一環、ということだったのね。

 そもそもオーバーハウゼンという都市じたい、ドイツにおける映画製作の新たな潮流となったニュー・ジャーマン・シネマ発祥の地であり、衰退してしまった重工業の町から、文化都市としてふたたび町を活性化しようという方針のもと、芸術活動に力を入れてきたといういきさつがある。現在のオーバーハウゼンは、郊外に大きな劇場やホールがあって、様々な文化的イベントが行われていることで有名な町なのだ。そんな背景あっての、アバンギャルドなゾマース理事長、なのだろう。

 ちなみに、初めてRWO公式ホームページを訪れた時にお出迎えしてくれたTバックヌードの宣伝画像は、ロバート・カーライル主演の映画版が有名な劇、「フル・モンティ」のオマージュなのではないか、ということもうっすら判明。舞台に出演するゾマース氏の画像を見つけて合点がいった。Tバックを選手にまで強要しなかったのは、ハヨ姐さんの最後の良心なのか、それとも選手たちがクビ覚悟の上、全身全霊を賭けてドン引きした結果なのか、それは定かではないのだが。

a0021929_2312661.jpg 舞台「フル・モンティ」上演のもよう。左から三番目がハヨ・ゾマース氏。
 実は、この舞台の演出家がハヨ姐さんの婚約者なのだという。


 それにしても、数あるフットボールクラブの中から、よりにもよってこんなとんでもないクラブを引き当てるとは。運命って恐ろしい。
 だが…なんと魅力的なクラブであることよ、とかなんとか、のんびり感慨にふけっている場合ではなかった。そうだ、それどころじゃない!フットボールチームとしての本業!本業なんとかしろよ! (現在、第10節を終えて、20チーム中18位。RWO、引き続きレギオナルリーガ降格街道まっしぐら…ああああ)

a0021929_232228.jpg そんなRWOの今シーズンのモットーは「愛、重労働、情熱(Liebe, Maloche, Leidenschaft)」だそうである。愛と情熱はともかく、重労働ってなんなの…なにが待ち受けているというの……

[PR]
by terrarossa | 2011-09-19 23:07 | サッカー
2011年 09月 04日
いろんな意味で3部降格があまりにも勿体ない、Rot-Weiss Oberhausen
 予言タコ「パウル君」がいた町、オーバーハウゼンには、2011/12シーズン現在、3.Liga(3部)に所属する"Rot-Weiss Oberhausen(RWO)"というチームがある。なんの因果かこのクラブに大はまりして早2年。しかもはまるきっかけがここのマスコットだったという邪道っぷり。正統なファンの皆様には大変申し訳ないが、それほどまでにアイツのインパクトは強烈だった。ある意味、ドイツフットボール界最強キャラと言っても過言ではない、その名は"UNDERDOG"。直訳すると「負け犬」という、身も蓋もない自虐キャラだが、その開き直りとも言える傍若無人ぶりたるや。

 とはいえ、2部の最下層をうろつき、今シーズン3部に降格してしまったようなレベルのチームなど、日本広しといえど注目している者はいないと見えて、その全貌は謎に包まれたまま…てことで、いても立ってもいられず、その出会いから1年後(2010年)、直接ホームスタジアムに足を運び、試合観戦を果たしたのは過去記事のとおり。

a0021929_20294782.jpg UNDERDOGは、2009年シーズンから、アウトサイダー的存在なマスコットとして新たに登場したそうだ。過去には本物のガチョウのマスコットがいたのだが、ドリッテに降格してクビになった、というか、何者かに殺されてしまったという…お気の毒に。
 だが、オリジナルマスコットは犬でもガチョウでもない。実は"Kleebär"というクマのマスコットがいるのだが、今やUNDERDOGにお株を奪われ、影の薄いことこの上なし。かといって引退ということもなく、細々と活動中らしい(試合で目撃したことはない)。

 こんな強烈キャラが幅をきかせているクラブが、品行方正の真面目でお堅いクラブであるわけがない。
 たとえば、スタジアムで使う選手の写真やロゴの入ったデポジットのプラスチックカップを、アウェイサポが投げつけて捨てちゃうってんで、アウェイサポ向けに"F*** RWO"というロゴの入ったカップを作ったらしい。アウェイサポ向け"F*** RWO"プラスチックジョッキで小金を稼ぐRWOって…
 
 それにしてもRWOの公式サイト動画は、ドリッテのチームとは思えぬ充実っぷり。てか、「負け犬テレビ(←直訳)」ってなんだ。

a0021929_20373634.jpg 初めて公式ページへ行ったときにお出迎えしてくれた画像。なぜ裸。
 そしてこのクラブ、2011/12シーズンも裸ネタ全開。しかもどうやら、それについて鼎談しているあやしさ満開のおっさん3人組(エライ人たちなのかもしれんが)。
 さらに、今シーズンのフォトシューティング動画注:れっきとしたドイツのプロフットボールクラブの公式フォトシューティングです)。股間に詰め物はねえだろう。そして選手の皆さんはなぜナチュラルに脱ぐのだ。しかも交代で。カメラマンだけ始終冷静なのがますます笑いを誘う。淡々と撮り終えて、最後に「だんけしぇーん」とか。この路線でいこうと考えたの誰だよ!あのおっさまたちか?

 そんなRWOだが、今シーズンはトップチームに昇格してきたかわいい子もいるようだ。

a0021929_20311294.jpg Jannis Schliesing君。場数を踏んでないせいか、笑顔がまだまだぎこちない。
 だが、今は初々しいヤニス君も、やがてこのクラブの強烈カラーに染まっていくんだろうか?や、もうフォトシューティング参加してるし、すでに手遅(以下略)。将来移籍することになったら、移籍先で「このクラブは、なんで脱がないんだろう?」と疑問に思ったりしやしないだろうか…ひいいー。

 RWO、地元では人気を博しているらしいことはなんとなくわかるんだが、ドリッテ降格とか情けないので、本業にも力を入れてツヴァイテに戻ってきて欲しい。いやむしろ、そこ重要。でないと、試合見られないし!(さすがにドリッテの試合中継はやってくれないしな)極東でネタクラブ扱いされてる場合じゃないだろうよ。もっと頑張るんだUNDERDOGのために!(←いろんな意味で問題発言)

…ここまで書いて、肝心の競技内容には一言も触れていないことに気づく。いや正直、薄ら笑いしか出てこないようなお粗末プレーなんだよ…2部から落ちて3部で奮闘かと思いきや、最下層へ真っ逆さまにドボンしてて、4部(アマチュア)降格もうっすら見えてる状態なんだよ…頑張れー負けんなー…
[PR]
by terrarossa | 2011-09-04 20:54 | サッカー
2011年 08月 17日
驚くべきサッカー狂、ショスタコーヴィチ
 たしか中学三年生くらいの頃だ。それまでよく聴いていた(というより聴かされていた)モーツァルトやベートーベンやバッハと同じ「クラシック」というカテゴリーだというのに、この、次にどうくるか予測のつかない音の展開っていったい何なんだ!と衝撃を受けて以来どんどん惹かれていった、20世紀前半のクラシック音楽。とりわけ、ラヴェルと並んで、ショスタコーヴィチは大好きな作曲家だった。そのショスタコーヴィチ、実は大変気合の入ったサッカーおたくだったということを最近知った。驚いた。すごく驚いた。あの荘厳で気難しく、思わず眉間にしわが寄っちゃうような深刻な曲調の音楽を創る偉大な作曲家が、尋常じゃないレベルのサッカー狂だったなんて。

 ショスタコーヴィチがサッカーに傾倒し始めたのは、彼がその類いまれなる才能で、音楽家としての地位を築きつつあった1920年代後半頃からである。やがて時代は、抑圧と粛清の嵐が吹き荒れるスターリン体制へ――本来自由であるはずの芸術活動ですら、体制にそぐわない内容と判断されれば、容赦なく弾圧される過酷な時代へと突入していく。多くの芸術家が逮捕、投獄され、処刑されていった。ショスタコーヴィチ自身も、発表した作品が「反革命的・反社会主義的なフォルマリズム(形式主義的)音楽」とみなされ、厳しい批判にさらされることになった。
 新しい領域の音楽を生み出そうという芸術家としての立場と、当時の共産主義体制との軋轢に苦しんでいたショスタコーヴィチが夢中になったのが、サッカーという競技だった。本業の世界とは全くかけ離れた「趣味」だからこそ、体制におもねることなく、誰に気兼ねすることもない。仕事や家族のしがらみから遠く離れて、思ったことを自由に発言できる唯一のオアシスだった。
 やがてそれは、単なる余暇の楽しみという域をはるかに超えるものとなっていく。きっかけは、自由な創造的行為をはばむ理不尽な抑圧から現実逃避するための口実だったかもしれない。だが結果的には、創作意欲の源となり、音楽活動を、いや、サッカーこそが人生そのものを支えたと言っても過言ではないほど、彼は生涯にわたってそのシンプルな競技に熱中したのである。
 運動があまり得意ではなかったショスタコーヴィチは、選手になることはかなわなかったが、近所で子供がサッカーに興じていればその審判をやり、公式審判員になるための講習を受けようともしていた。世界にその名が知れ渡るほど著名な音楽家となってからも、ひいきのクラブであるディナモ・レニングラード(現:ディナモ・サンクトペテルブルク)の試合を中心に、観戦のため足繁く競技場へ通っていたという。本業が多忙を極める中、地元ばかりではなく、アウェイのスタジアムにまで頻繁に遠征していたそうだ。現在のような交通事情ではなかった時代にもかかわらず、である。
 それだけではない。彼は選手たちと交流を図り、サッカー仲間と忌憚のない議論を交わし、書簡をやりとりし、スポーツ紙に試合評やコラムを寄稿することもあった。さらに彼は、サッカーに関する克明な記録を残している。まだ試合に関するデータ整理など行われていなかった時代に(当時のソ連では、「サッカーは集団のゲームである」とし、ゴールした選手の名前を新聞に載せないことすらあったという)、試合結果の一覧・得点数・得失点差・ゴールした選手や得点ランキングなどを系統立てて整理し、独自に記録していたのである。
 もし彼の生きた時代にインターネットがあったなら、気合の入りまくったサッカーブログを連日更新し、ツイッターではサッカーに関することばかりつぶやいていたかもしれないなあと思うと、ちょっとわくわくしてくる。

a0021929_3385124.jpg その熱狂が嵩じて世に出されたもののひとつが、バレエ組曲「黄金時代」である。とある国の工業博覧会「黄金時代」に、ソビエトのサッカーチームが招待される。彼らは労働者やボクサーたちと交流し、友情をはぐくむが、ファシストの陰謀が彼らを待ち受けていた。最後にファシストの正体は、労働者によって解放された政治犯によって暴かれ、喜ばしい労働の踊りで幕を閉じる。あえてやりましたね、とツッコミを入れたくなるような、やりすぎ感あふれるプロパガンダ的内容であるが、1930年に初演されて以来、長らくお蔵入りとなり、半世紀後の1982年まで再演されることはなかったという。てことはもしや苦行か…と尻込みしかけたが、サッカーをどうバレエ化するのか?という好奇心から、3幕37曲からなる全曲を聴いてみることにした。

 ………実際の舞台を見ることができた訳ではないから断言はできないが、再演は難しいだろうな、ということはなんとなくわかった気がする。「壮大な失敗作」と評されたということにも納得。大風呂敷を広げるだけ広げて、全く収拾がつかなくなったような感じだ。
 や、確かに全編ショスタコ節炸裂で、ディティールの細かさと来たらそれはもう、ファンなら思わず悶えるレベルだし、うねりを上げて暴走する節回しやそのダイナミズムと来たら、くうううーっ!…ってな感じ(←意味不明)。 
 しかし…ジャズやタップの要素も満載、こんだけうねってのたうって起伏に富んでいるのに、単調に聞こえてしまうのはなぜだろう?そもそもこの旋律がどういう振り付けの踊りになるのかということが、全く想像もつかないのである。楽曲発表当時、「こんな音楽に合わせて、はたしてだれが踊れますか?」と悪態をつかれるくらいだったというのだから、プロにとっても相当な難曲だったということか。舞踊曲としてそれはいかがなものか…と書いたところで突然閃く。
 
 これはバレエじゃない、サッカーの試合そのものだよ!!

 超弩級のクライマックスが来たかと思うと、あっさり穏やかに沈み、再びがーっと盛り上がってきて、いよいよ終わりか、と思ったらそうではなくて、まだまだ続くぜ、の繰り返し。演奏時間二時間超を一気にフルで聴き終えてみれば、6対6とか、野球のスコアかよというような馬鹿試合になったあげくに、延長戦でも決着がつかず、PK戦でやっと勝負がついて、見る側もぐったりだよ…的な疲労感でへろへろ。そもそもサッカーなど、興味のない者にとっては、25人(フィールドプレーヤーとGK、主審と副審2人も含めて)が一つのボールを追って、右へ行ったり左へ行ったりしているだけの、ある意味単調なアクションの繰り返しにしか見えないような競技だ。ファンであれば、その中での駆け引きや、細かい動きや、チームプレーにおもしろさを見いだしながら熱狂していくところなんだが。「黄金時代」はいわば、サッカーに夢中になりたてのドミートリイ青年が、その情熱をそのまま直接的に楽曲で表現した、未成熟な「若気の至り作品」なのだろう。
   
 後年、プラウダ批判により音楽活動の危機に追い込まれた彼は、「音楽への批判は音楽で黙らせる」という並々ならぬ決意のもと、体制が求める社会主義リアリズムに忠実な「交響曲第五番<革命>」を発表し、名誉を回復する。その「五番」を創り上げる過程で、サッカーは不可欠なものだった。彼はスペインのバスク選抜チーム対レニングラード選抜チームの国際試合や、ディナモ・レニングラードのリーグ戦を観戦するため、スタジアムに通い詰めていたという。すばらしい内容の試合に触発され、高揚し、それが新たな曲を生み出す原動力となった。たぎるサッカーへの情熱が見事に昇華された結果、後にショスタコーヴィチの最高傑作と言われるようになった「交響曲第五番」が誕生したというのだ。そう思って「五番」をあらためて聴くと、非常に楽しい。それまでとはなんだか世界が違って見えるような、聞こえるような…

a0021929_34056.jpg 以前の記事でも紹介した、「ロシア・サッカー物語(大平陽一著、ユーラシア・ブックレットNo.32)」。ショスタコーヴィチがサッカー狂であったことを最初に教えてくれた本。

a0021929_3402676.jpg その引用元が、「驚くべきショスタコーヴィチ(ソフィヤ・ヘントーワ著、筑摩書房)」。350ページあまりの長編だが、なんとその内容の半分近くを占めていたのが、ショスタコーヴィチとサッカーとの関係について。彼が記録していたサッカーノート、友人と交わしていたサッカー書簡についても詳しく紹介されている。読み応えがありすぎて、胃もたれしそうなステキ評伝。だが、現在絶版の上、定価が5,200円という、財布にはあまり優しくない本でもある。

[PR]
by terrarossa | 2011-08-17 04:09 | サッカー
2011年 04月 24日
回転の早いプロフットボール業界
 ここ5年、何とか仕事をやりくりしてせっせと海の外へ出かけていたのだが、さすがにしばらく遠出はできなくなるかもしれない。今の仕事を続けるならば、最後までこの地にとどまらなければいけないことははっきりしてはいるものの、果たして自分の人生はこれからどうなっていくのか、ここにきてちょっと見当がつかなくなっている。生きてる内にこんなこともあるんだなあ、とぼんやり思ったりもしてるが、実はそんな感慨にふけっている場合でもない程度には、事態は好転していない。だからといって、自分の力ではいかんともしがたいことについて、くだくだ悩むのも馬鹿馬鹿しい。
 日常生活とは距離がある世界をテーマにブログを書くことは、ていのいい現実逃避の手段だ。少なくとも自分はそう思ってここを続けている。


 …ということで、またしてもサッカー=フットボール。相変わらず戦術その他の技術的なことについては怖くて書けず(なにせ一蹴りもしたことすらないので、ほんとのところがさっぱりわからん)、もともと関心がフットボールの周辺部分にばかり向いているような底の浅いミーハーなので、書けることなどたかが知れているけれど。

 バイエルン・ミュンヘンのカタログが重量感に溢れたゴージャスな体裁だということを以前書いたが、イヤーブック(いわゆる年鑑)もまた、ヘビー&ゴージャスなんである。ドイツ中西部を駆けめぐってカタログやら雑誌やら集めまくっていた昨年は、さすがに遠いミュンヘンからカタログとイヤーブックの両方をお持ち帰りするという荒行に耐える覚悟はなく、購入を見送ってしまった。今、手元にあるのは2006/2007、2007/2008、2009/2010シーズンの3冊。選手の入れ替えが激しいだけでなく、外観のデザインも内容も毎シーズンがらっと変わるので、今度はどんな体裁になるのかと期待するのもファンの楽しみなのだろう。
 2007/2008バイエルン・ミュンヘンのイヤーブックの選手紹介ページには、各選手へのQ&Aがあって、回答欄のところどころが本人の手書き文字(印刷)という体裁になっている。回答の内容もさることながら、それぞれの筆跡からもキャラクターがかいま見えるような気がして、見ていてとても楽しい。 欧米圏では、日本や中国、またはアラビア語圏とは異なり、「字をきれいに書きましょう」という意識があまりないらしく、「わかればいいや」って感じのテキトーな字を書く人が多いのだが、各選手の書き文字を見ると、やっぱりそんな感じ。 それにしても、もうちょっときれいに書いたらどうよと思いつつページをめくっていくと、ふと流麗な筆記体が目に飛び込んでくる。こなれた感じの美しい文字を書いていた人、 それは、現1.FCケルンのGK、ミヒャエル・レンジング選手だった。オリバー・カーンの後継者として将来を嘱望されながら、失意の内にバイエルンを去り、いっとき「さまよえるドイツ人」となり、紆余曲折の末、ケルンへやってきた苦労人。そういう字を書く人だとは、正直意外というか…いや、とても繊細な人なのかもしれないな、とその筆跡を見て思ったのだった。
 その2007/2008シーズンのイヤーブックには、現在、ボルシア・ドルトムントの鉄壁センターバックとして名を馳せている、マッツ・フンメルス選手のページがある。単に若いというだけでなく、もう雰囲気そのものが今とは全く違っていて、まるで別人のようだ。たかが4年、されど4年。成長するとなにもかも変わるんだなあ…
 このイヤーブックに載っていて、今もバイエルン・ミュンヘンに在籍している選手は、全体の1/3にも満たない。あらためてプロフットボールの世界の回転の早さを実感する。こんな世界で十年以上もトップを走り続けているような選手というのは、本当にすごいと思う。

a0021929_5391841.gif マッツ・フンメルス選手。整った顔立ちの人ほど描きにくいものだけど、彼はむしろ目鼻立ちがくっきりしたところに特徴があるのでうまくいくかな、と思ったのだが甘かった。よく知りもしないで写真だけ参考にして描いてみても駄目だー。

 
a0021929_5393665.gif 彼はドルトムントの選手なので、背景はもちろん黄色だろうということで黄色にしてみたが、赤も似合うな(もともとバイエルンの選手だったことだし)。

 黄、赤ときたら青、ということで青背景も作成してみた。が、ドルトムントの選手に青はまずかろうということで、ここでは自重。いやなんとなく。
[PR]
by terrarossa | 2011-04-24 05:46 | サッカー
2010年 12月 11日
自分用フットボール備忘録
 体調不良とドイツ・ワールドカップの開催が重なったことで嵌りこんだフットボール=サッカーの世界。一時の気の迷いかと思いきや、早くも4シーズン目。間もなく欧州だけでなくJリーグも見るようになり、さらにロシアにまでサッカー観戦へ赴くことに。いよいよ「ただのニワカ」も「長期的ニワカ」へと進化(?)しつつある今日この頃。知れば知るほど広がってゆく、底なし沼の面白さに魅せられて、どこぞのスナック菓子のごとく、もうやめられないとまらない。

 サッカーどころか、スポーツ全般にこれっぽっちも興味の無かった2002年だったが、日韓ワールドカップの決勝で、ブラジルに敗れたドイツが心の片隅に残る。ロナウドよりも先に、カーンとバラックを認識。思えばこれが全ての呼び水だったのか。ちなみに、日本の選手で一番注目していたのは、ホームスタジアムでゴールを決めた、セレッソ大阪の森島選手。
 そんなこともあって、2006年ドイツ・ワールドカップではドイツチームに注目しながら観戦。ネットで情報を得ながら徐々にドイツへ沈没。しかし、この大会で最も印象に残った選手は、イングランドのハーグリーブス選手だった。ぐだぐだ状態でも最後まで諦めず果敢に攻めこんでいたひたむきなプレーにしびれた。
 そして、なんと彼はドイツのチーム所属だということを知る。こうしてブンデスリーガへの傾倒が始まることに。
 いいあんばいに盛り上がったところへ、すばらしいタイミングで、ハーグリーブス選手が所属するバイエルン・ミュンヘンが来日することを知る。一も二もなく観戦することを決意。

◆2006年に見た試合
 7月31日 さいたまシティカップ: 浦和レッズ×バイエルン・ミュンヘン (埼玉スタジアム)

 生まれて初めてプロサッカーの試合を生観戦。スタジアムとレッズサポーターの迫力に圧倒されるも、なんだかゆるい感じの試合であれ?と思ったのが正直なところ。親善試合だったので致し方なかったのか。残念試合で少々ガッカリ。しかし、そんな中でもハーグリーブス選手だけは全力モードだった。決してスターとはいえない地味な選手に、なぜサッカーに嵌りたてのど素人が惹かれてしまったのか、実際プレーを見たことで納得。彼はその後マンチェスター・ユナイテッドに移籍するも、怪我により長期離脱。2シーズンが経過した今も、本格復帰は未だ叶わず。ものすごく悲しい。願わくば、もう一花咲かせて欲しいんだけどな…
 ワールドカップ後、マインツ05から初めて代表に選ばれた、マヌエル・フリードリッヒ選手をここで認識。まさか本人に会えるとは思ってもいなかったあの頃。

◆2007年に見た試合
 7月 7日 Jリーグナビスコカップ: 浦和レッズ×ガンバ大阪 (埼玉スタジアム)
 
 Jリーグは全く未知の領域だったが、テレビで見た試合で、浦和のポンテ選手のプレーにすっかり魅了される(ちなみに、彼が以前ドイツでプレーしていたことは後から知った。その後、かつて彼が所属していたレバークーゼンへ何度も行くことになろうとは…)。ということで、J初観戦は、埼玉スタジアムでのナビスコカップの試合。
 そんなことで、いい具合にJリーグへの関心が高まったのだが、県内にJリーグのチームはなかった。J2のチームも、JFLのチームもなかった。国内といえど、観戦のためには相応の時間と費用と労力が必要な環境に泣く。今もだ。
 一方でドイツサッカーへの興味は尽きず、この年の9月、ノリと勢いでミュンヘンへGO。あわよくば試合観戦といきたいところだったが、そう甘くはなかった。バイエルン戦のチケットは完売。できたのはアリアンツ・アレナのスタジアムツアーとバイエルン・ミュンヘンの練習見学のみ。もしこの時、バイエルン・ミュンヘンの試合を観戦できていたら、自分はバイエルンのファンになっていたんだろうか?

◆2008年に見た試合
 5月 3日 Jリーグ: 名古屋グランパス×ガンバ大阪 (豊田スタジアム)
 6月 8日 Jリーグナビスコカップ: 浦和レッズ×名古屋グランパス (埼玉スタジアム)
 7月 5日 Jリーグ: アルピレックス新潟×名古屋グランパス (東北電力ビッグスワンスタジアム)
 9月14日 2.ブンデスリーガ: SVヴェーエン・ヴィースバーデン×1.FCニュルンベルク (ブリタ・アレナ)
 9月19日 ブンデスリーガ: バイヤー・レバークーゼン×ハノーファー96 (バイアレナ)
10月 5日 Jリーグ: 名古屋グランパス×東京ヴェルディ (瑞穂陸上競技場)


 この年、名古屋グランパスに、ドラガン・ストイコビッチが監督として就任。ブルガリア旅行以来、じびじびくすぶっていたバルカン方面への関心が一気に加速、とともに、よりにもよって、航空路線もなく、鉄道で片道6時間はたっぷりかかる名古屋のチームに嵌ってしまった。
 ドイツサッカーの方も、めでたく初観戦。レバークーゼンのパスサッカーに魅了され、かくして、Jリーグでは名古屋、ブンデスリーガではレバークーゼンと、贔屓チームらしきものもできた年だった。基本スタンスはあくまでもミーハーだけどな(開き直り)。

◆2009年に見た試合
 3月14日 Jリーグ: モンテディオ山形×名古屋グランパス (NDソフトスタジアム)
 4月 4日 Jリーグ: 川崎フロンターレ×名古屋グランパス (等々力陸上競技場)
 6月28日 Jリーグ: アルビレックス新潟×名古屋グランパス (東北電力ビッグスワンスタジアム)
 7月12日 Jリーグ: FC東京×名古屋グランパス (味の素スタジアム)
 7月18日 Jリーグ: 名古屋グランパス×京都サンガ (豊田スタジアム)
 7月25日 Jリーグ: 浦和レッズ×名古屋グランパス (埼玉スタジアム)
 9月19日 ブンデスリーガ: バイヤー・レバークーゼン×ヴェルダー・ブレーメン (バイアレナ)
 9月22日 DFBポカール: バイエルン・ミュンヘン×ロット・ヴァイス・オーバーハウゼン (アリアンツアレナ)
 9月23日 DFBポカール: 1.FCケルン×VfLヴォルフスブルク (ラインエネルギーシュタディオン)
 9月26日 ブンデスリーガ: 1.FCケルン×バイヤー・レバークーゼン (ラインエネルギーシュタディオン)
10月17日 Jリーグ: 横浜M・マリノス×名古屋グランパス (日産スタジアム)


 なんとか時間と費用をやりくりしつつ、国内を奔走。ドイツでも計4試合観戦。
最も印象に残ったのは、3月の山形での試合。ファンの間では伝説になりつつある(本当か?)雪中試合を生観戦。もしかしたら必要かも、でも絶対着たくないなーと思いつつ、一応持ってきた農作業用の雨合羽上下(使い倒して薄汚れたあやしいキミドリイロのやつ)を、途中で背に腹は代えられずフル着用する羽目に。ピッチがみるみるうちに雪で白くなり、後半からオレンジボール登場。吹雪で視界は真っ白。名古屋のユニホームも白。寒さに耐えながら心眼での試合観戦という苦行。とどめは、つるっつるの凍結道路と化した帰路。近道となる峠越えを回避し、遠回りしたら距離が200㎞以上になった。雪道を運転すること4時間、深夜へろへろになって帰宅。

◆2010年に見た試合
 1月 1日 天皇杯(決勝): ガンバ大阪×名古屋グランパス (国立競技場)
 5月 2日 ロシアリーグ・ディビジョン1: ルーチ・エネルギヤ×ウラル (ディナモ・スタジアム)
 5月 9日 Jリーグ: ベガルタ仙台×名古屋グランパス (ユアテックスタジアム仙台)
 6月 5日 Jリーグナビスコカップ: ベガルタ仙台×名古屋グランパス (ユアテックスタジアム仙台)
 7月17日 Jリーグ: 大宮アルディージャ×名古屋グランパス (NACK5スタジアム大宮)
 7月31日 Jリーグ: 横浜M・マリノス×名古屋グランパス (日産スタジアム)
 9月19日 ブンデスリーガ: バイヤー・レバークーゼン×1.FCニュルンベルク (バイアレナ)
 9月22日 ブンデスリーガ: バイヤー・レバークーゼン×アイントラハト・フランクフルト (バイアレナ)
 9月25日 ブンデスリーガ: VfBシュツットガルト×バイヤー・レバークーゼン (メルセデス=ベンツ・アレーナ)
 9月26日 2.ブンデスリーガ: ロット・ヴァイス・オーバーハウゼン×VfLオスナブリュック (ニーダーラインシュタディオン)
10月27日 Jリーグ: アルビレックス新潟×名古屋グランパス (東北電力ビッグスワンスタジアム)
12月 4日 Jリーグ: 名古屋グランパス×サンフレッチェ広島 (豊田スタジアム)


 終わってみれば、前年より観戦数が多かった…。元旦から東京日帰り観戦することになろうとは。ガンバは、特にファンでもないのに、振り返ってみればけっこう観戦数が多いという、不思議な巡り合わせのチーム。そのガンバに、名古屋はボッコボコにやられて終了。せっかく中村直志選手(名古屋での自分的イチオシ選手がこの人だ。なので持ってるユニホームも7番)がゴールを決めたのに。
 そして5月、ついにロシア観戦デビュー(2部リーグだが)。ドイツでも4試合。
 つい先日は、Jリーグの最終戦を見に豊田スタジアムへ遠征。名古屋ホームでの観戦は、今年はこの試合のみ。いつもアウェイゴール裏ばかりだったので、久々にまったり観戦できたが、とにかくこの日は寒かった。応援しだして3年で優勝なんて、長年のファンの方に申し訳ないような。
 そして、名古屋びいきになっても、ひっそり応援し続けていたポンテ選手が、浦和退団決定となる。月日の流れというものは…

a0021929_1934936.jpg 天皇杯決勝でのグランパスくん。選手と一緒に並んで国歌斉唱?

[PR]
by terrarossa | 2010-12-11 19:38 | サッカー
2010年 11月 02日
2010年もまた、ドイツのサッカーを見に行く・その7
◆負け犬フィーバー!
 9月26日(日)は、ツヴァイテ・ブンデスリーガ(2部)第6節、ロット・ヴァイス・オーバーハウゼン対VfLオスナブリュックの試合を観戦した。

 ホームのロット・ヴァイス・オーバーハウゼンは、つい数シーズン前にはレギオナルリーガ(4部)にまで降格し、しばらく低迷していたが、ここ2シーズンはなんとかツヴァイテにとどまっているチーム。アウェイのVfLオスナブリュックは、ドリッテリーガ(3部)とツヴァイテの間を行ったり来たりしているチームで、2009/2010シーズン、ドリッテで優勝し、今季ふたたびツヴァイテに復帰してきた。
 なお、このVfLオスナブリュックは、ドリッテだった昨シーズン、DFBポカールの2回戦でハンブルガーSVを、ベスト16でボルシア・ドルトムントを破ってベスト8に進出し、一躍センセーションを巻き起こしたチームだ。PK戦の末、ハンブルガーSVに勝利した試合の時にはちょうどドイツにいたので、まさに「ジャイアントキリング」と言うに相応しい、泥臭い戦いっぷりが大変話題になっていたことはよく覚えている。それら2試合の勝利の立役者は、2008/2009シーズンまでSVヴェーエン・ヴィースバーデンに所属していた、ベンヤミン・ジーゲルト選手。ハンブルガーSV戦、ボルシア・ドルトムント戦でそれぞれ1ゴールずつ決めるという活躍ぶりだった。
 そして、ロット・ヴァイス・オーバーハウゼンにも、ジーゲルト選手と同じく、SVヴェーエン・ヴィースバーデンのドリッテ降格に伴って移籍してきた、ロニー・ケーニッヒ選手がいる。
 これまでほぼ成りゆきで選んできたドイツでの数少ない試合観戦だが、こうしてまた、以前試合でプレーを見た選手を別な場面で見ることができて、なんだかちょっとうれしいのである。

 そんなわけで、もちろん試合開始からがっつり見る気でいたが、別なところをハシゴしていたら移動が大幅に遅れ、ニーダーラインシュタディオン(Niederrheinstadion)に到着した時は、既に後半が始まっていた。うう残念。幸いにもまだ両者スコアレスだったが。
 
a0021929_23292479.jpg ほぼ満席のスタンドからは、熱い声援が。こっちの人たちの「フスバル愛」はほんとにすごいと思った。
 そしてアイツはいるのだろうか……

a0021929_2330971.jpgいた!
a0021929_23303622.jpg ピッチサイドを縦横無尽、まさに期待を裏切らない躍動っぷり。
a0021929_2331353.jpg しかも大人気。試合中だというのにサインやら写真やらを求められているよ!UNDERDOGすげー!でもいいのか?

a0021929_23475860.jpg さて肝心の試合。膠着状態というか、2部だからというか、互いに相手のイマイチなパスを中盤あたりでカットし合うのだが、それがぜんぜんうまくつながらない。蹴鞠でもしてんのかいというような感じのふわふわした浮き球ばっかりで落ち着かないことこの上なし。ちっとも足元に収まってくれないのだ。ううう歯がゆい。これじゃ5月に見たロシア2部リーグとおんなじじゃないか。ヘタレバックパスとか、宇宙開発ミドルシュートとか。
 そんな中、オーバーハウゼンが交代カードを切る。元ヴィースバーデン所属、ロニー・ケーニッヒ選手登場。そして、その采配は見事的中した。76分、セットプレーからケーニッヒ選手がゴール!これが決勝点となり、1-0でオーバーハウゼンの勝利となった。

a0021929_23315043.jpg 試合後、選手たちと勝利のダンスを踊りまくり、再びスタンドまで戻ってきたUNDERDOG。方々から「UNDERDOG!」「UNDERDOG!」と声がかかり、アイドル並みの人気。次々に観客とハイタッチしているのが楽しそうだったので、スタンドの一番下に降りていって待ってたら、ちゃんとハイタッチしてくれた。
a0021929_23514889.jpg
 ノリノリだなUNDERDOG。大人気だなUNDERDOG。

 そして、ファンがたくさんバス待ちをしていた停留所で遭遇したのは……

a0021929_2333266.jpg リアル・UNDERDOG!(このわんこが「負け犬」というわけじゃないんだが)
a0021929_23324343.jpg 色も模様もおんなじだよ!……飼い主さん、とことんこだわったんでしょうなあ。

 下手すると、選手以上に人気者なんでしょうかアイツ。

a0021929_23332379.jpg よく見りゃマッチデープログラムの表紙も……

[PR]
by terrarossa | 2010-11-02 00:01 | サッカー
2010年 10月 31日
2010年もまた、ドイツのサッカーを見に行く・その6
◆ワールド・フェイマス・タウン
 ドイツ北西部の地方都市、オーバーハウゼンはデュッセルドルフから電車(RE)で約30分。この町は、南アフリカワールドカップによって、にわかに有名になった。
 昨年ドイツを訪れた時、ミュンヘンのアリアンツ・アレナでDFBポカール(ドイツカップ)、バイエルン・ミュンヘン対ロット・ヴァイス・オーバーハウゼンの試合を観戦したのだが、あの時はまさか、バイエルン相手に善戦した2部リーグの本拠地が、世界のメディアで報道されるようなことになろうとは、夢にも思っていなかった。
 そう、オーバーハウゼンは、ワールドカップにおけるドイツチームの勝敗を次々と的中させ、世界中から脚光を浴びた予言タコ「パウル君」がいた水族館、「Sea Life」がある町なのだった。

 今回オーバーハウゼンへ行ったのは、タコ見学がメインではなかった。昨年、アリアンツ・アレナにおいて、そこがまるでホームスタジアムであるかのように自由奔放暴れまくっていたアイツが、まる一年経っても気になって気になって仕方がなかったから、である。
a0021929_7505042.jpg ひとんち(アウェイ)でこんなに好き放題していたマスコットを他には知らない。ドイツのKY、オーバーハウゼンの犬。名も知らぬまま一年が経過。

 せっかくまたドイツへ行くのだから、なるべく多くの試合を見たい。てことで、ツヴァイテ(2部)のリーグ戦スケジュールもチェックしていたら、帰国前日の9月26日にオーバーハウゼンホームで試合があるという。デュッセルドルフからも近いし、これはぜひ行かねば。
 ……や、その前に、オーバーハウゼンといったら、まずタコ参りでしょうよ(←ミーハー)。

a0021929_7513660.jpg かつて重工業で栄えた町だというオーバーハウゼン。駅前周辺は石造りの重厚な建物が並び、つくりはでかいという感じがしたが、間合いが遠くて、人口密度はさほどでもない印象を受けた。郊外へ行くと、ますます間合いは遠くなり、工場らしきもの、ショッピングモールやホールなど、ひとつひとつはやらたでかい施設が、広大な平原にぽつん、ぽつんと点在していた。平日の午後、ほとんど人の姿はない。
a0021929_752534.jpg バスもこのとおり。貸し切り状態。
 
 そんな町の郊外に、水族館「Sea Life」はあった。ワールドカップが閉幕して2ヶ月あまり。夏休みも終わり、お客さんは少なかった。おかげでゆっくり回ることができたが……
a0021929_754564.jpg かなり辛抱強く待ったのに、パウル君はとうとう姿を見せなかったよ……(涙)。つい先日、10月26日にパウル君が亡くなったとの報道があったけど、この時はもうかなり弱っていたんだろうか。
a0021929_7543631.jpg よう、残念だったな。


 さあ気を取り直してロット・ヴァイス・オーバーハウゼンのショップへGo。
a0021929_755420.jpga0021929_7552129.jpg
 商店街の片隅でひっそり営業。でも試合日はにぎやかなのかもしれない。
 ここで試合のチケットと、山積みになって売られていたマスコットのキーホルダーを購入。

a0021929_7555044.jpg 去年アリアンツ・アレナで見たアイツとちがって、かわいいじゃねーか。
 ……こんなつぶらな瞳じゃなかったし、口は開きっぱなしだったはず。
 ショップの店員さんに、このマスコットの名前を聞いたら「アンタードッグよ」と教えてくれた。おお、ついに一年越しでコイツの名前が判明。
で、感動とともに「UNDERDOG」を辞書で調べてみると、「負け犬」…………ズドーン。
 じ、自虐キャラだったとは……あのふてぶてしさは「開き直り」だったのか……?
[PR]
by terrarossa | 2010-10-31 08:05 | サッカー
2010年 10月 27日
2010年もまた、ドイツのサッカーを見に行く・その5
◆遠かった。雨だった。寒かった。 
 9月25日(土)は、ブンデスリーガ第6節・VfBシュツットガルト対バイヤー04・レバークーゼン観戦のため、シュツットガルトへ遠征した。
 これまで、この季節のドイツにしてはぬるい天候が続いていたので、すっかりなめてかかっていたのが裏目に出た。デュッセルドルフからシュツットガルトまではICEで4時間弱。南下したはずなのに、シュツットガルト駅に降りた途端「寒!」、しかもばんばん雨が降っている。あまりの寒さに、駅前のカウフホフに飛び込み、ストール一点お買い上げ。ドイツに来てすぐ、レバークーゼンのマフラーを買ったというのに、かさばるからと持ってこなかった。馬鹿すぎる…ああ余計な買い物をしてしまった…
 ふと2年前の、バイアレナ初観戦時のことを思い出した。あの時も、防寒対策が甘すぎたため、買う予定のなかったマフラーを購入せざるを得なかったんだった。
 そう、以前の失敗から何も学んでない自分であった。とほほ。

 とほほな事態はまだ続く。シュツットガルトのホームスタジアム、メルセデスベンツ・アレーナは、以前あった陸上トラックを取っ払って、専用スタジアムにするべく、只今絶賛改装中。ということでこの時は、片側のゴール裏席がまるまる使用不可能の状態だった。いやーな予感はしたのだ。そしてその予感は当たる。案内表示に従って、スタジアム沿いの歩道を歩いていたらいきなり止められ、「こっから工事中だから、迂回してよね」。来た道を引き返すだけで相当な距離だというのに、そこからまた、どこまで迂回すりゃいいんだよゴルァ!と思わず逆ギレしたくなるほどスタジアムがどんどん遠く小さくなっていく方向に誘導され、雨の中、20分は歩いただろうか。ようやく入口に到着。長かった……

a0021929_1312312.jpg 冷たい雨が容赦なく吹き込んでくるスタンド。濡れて身体がどんどん冷えて、凍えてがちがち歯は鳴るし、洒落になんないレベルの寒さ。駅前で買ったストールは……焼け石に水、ってこういうことだったんだって思い知らされたよ……
 その上、噂には聞いていたがここのスタンド……全面改装するってんなら、この傾斜の緩さをなんとかしてくれー。前の席の人の頭が邪魔になるレベルの緩さってどうよ。こんなんだから、当然、今自分が座っているバックスタンドの端なんて、後ろへ行くほどピッチが遠い、遠いよ……(涙)

a0021929_1322380.jpg もともと荒れ気味のピッチに、嫌がらせかというくらい雨がばしゃばしゃ降っていて、グラウンドコンディションは最悪。見ている側も濡れるわ寒いわで散々だったが、こんな状態でプレーする選手の皆さんはほんとに大変だー。スリップして転倒しそうになっているシーンが頻発、怪我だけはすんなよと祈るばかり。
 コンディションと言えば、ホーム、シュツットガルトの状態もかんばしくなく、5節終了時点でリーグ16位。
 対するレバークーゼンは上位とはいえ、ずっとアレな内容が続いている。正直、微妙だなあと、あまり期待せず見ていたのだが、いざ試合が始まると、悪天候でボールコントロールもままならない中、小気味よくパスがつながっているではないか。バルネッタとレナトが躍動!デルディヨクのオサレパスも最高。そしてディフェンスが安定してる!
 なんというか、「いい時」のレバークーゼンだった。……というより、シュツットガルトのプレーに全く怖さがない。これは相当重症なんではないか、と素人は思うのだった。5節でボルシア・メンヘングラードバッハ相手に7得点もたたき込んだあのゲームは、一体なんだったのだ。
 終わってみれば、1-4でレバークーゼンの圧勝。シュツットガルトは再びリーグ最下位に転落。厳しい……

a0021929_1324982.jpg
 アウェイ席前まで挨拶に来てくれた、ずぶ濡れドロドロの皆さん(左から、バリッチュ、カドレツ、ライナーツ、ヨルゲンセン、アドラー、ロルフェス、バルネッタ、フリードリッヒ、シュワーブ、ヒーピア選手)。シュツットガルトまで来てよかった、と思った瞬間。

[PR]
by terrarossa | 2010-10-27 01:41 | サッカー
2010年 10月 24日
2010年もまた、ドイツのサッカーを見に行く・その4
◆キャプテン復帰を勝利で祝う 
 9月22日(水)も、バイアレナで試合を観戦した。レバークーゼンは、9月16日のヨーロッパリーグ戦以来、19日、22日、25日と中二日での試合が続く。短期間でたくさんの試合を観戦できたこちらとしては非常にラッキーな日程だったけれど、選手のみなさんは、プロとはいえ、コンディションの調整が大変だったことだろう。
 この日のカードはブンデスリーガ第5節、バイヤー04・レバークーゼン対アイントラハト・フランクフルト、20:00キックオフの試合だった。

a0021929_21593519.jpg 試合当日、夕方のレバークーゼン・ミッテ駅前。駅のホームには、警官がたくさんいて物々しい雰囲気だったが、バイアレナへ向かう出口とは反対側にあるショッピングモールのあたりは、ユニフォームを着たファンがたくさん歩いていたものの、穏やかでのんびりした感じ。

 日が傾きかけてきたので、スタジアムへと向かう。レバークーゼンのファンに混じって、フランクフルトのユニフォームを着たファンもぞろぞろ歩いている。その中に、背番号20、「INAMOTO」を着ていたニイサンがいたのでびっくり。高原じゃなくて稲本ってところが渋い。もう移籍してしまった地味なポジションの外国人選手を贔屓にしてくれていたファンがちゃんといるんだなあ、と思うとちょっとうれしかった。
 今回の席も運よく空いていたメインスタンドの前目の位置。ちょうど、選手、コーチの皆さんがピッチチェックに出ているところだった。だが、そのピッチ上では、背中を掻く者あり、音楽鑑賞している者あり、雑誌(この試合で配られるBayArena Magazinか?)を熟読している者あり。一体なにをチェックしてるのだろう(左から、バルネッタ、カプラン、ロルフェス、ヘルマンコーチ、デルディヨク、レナト・アウグスト、ヴィダル、ヴィダ)。
a0021929_2204352.jpg
a0021929_2211294.jpg
 なにやら楽しげなバルネッタとヴィダル。後ろの黒いジャージ姿は新加入のシドニー・サム、背中を向いているのは多分ブラク・カプラン。
a0021929_2213473.jpg
 レバークーゼンのマスコット、ブライアン。ごつごつもさもさ。ドイツのキャラクターはだいたい可愛くない。きっとドイツ人もそう思っている。なぜドイツでハローキティが大人気なのか、すごくわかるような気がする。

 肝心の試合に関しては、3日前の前節に引き続いて奥歯に物が挟まったような展開を見せ、しかしフランクフルトも同様に奥歯に物が(以下略)。なんといっても、キースリンクとヘルメスという二大看板FWが、前節の試合で傷んで出場できなくなってしまったというのが大打撃、というだけでなく、昨季の後半戦のデジャブ?傷んでないはずの守備陣が……(汗)。だもんで、ゴールキーパーのアドラー大活躍(大汗)。
 確かに、バルネッタは速いし、上手いし、キレキレだった。前半早々にベンダーがゴールを決めたのも素晴らしかった。だがその10分後に、好調のゲカスにさくっとゴールされ、あっという間に試合は振り出しに戻ってしまう。ゲカスさん、あなたのレバークーゼン時代とは、いったいなんだったのか。
 そして後半、ついにロルフェスが登場。満を持してのキャプテンの復帰に、スタジアム中から万雷の拍手がわき起こる。思えば長い長い離脱だったよなあ……
 その後も、互いに攻め合いながらも決めきれない展開が延々と続く。しかし、あーまたドローかよ、と覚悟していた試合終了間際、ペナルティーエリアでヴィダルが倒され、PK獲得!チリ代表選手であるヴィダル本人が、「チリの鉱山で地下に閉じこめられている皆さんに捧ぐ」PKを見事に決め、レバークーゼンの劇的勝利となったのだった。うれしいが疲れたよ、見ている方は……
a0021929_2222075.jpg 試合後、報道陣に囲まれるフリードリッヒ。負け試合のインタビューを受けるのはディフェンダーの仕事、なんだそうだが、この日は勝利のインタビュー。よかったねえ。

[PR]
by terrarossa | 2010-10-24 22:12 | サッカー