カテゴリ:見聞録( 40 )
2006年 10月 13日
ピーマン・パラダイス
 9月中旬、ブルガリアの市場は、ナス科の野菜に満ちあふれていた。
長さ20㎝、径10㎝はあろうかという米ナス(下にちょっと見えているジャガイモと比較するとその大きさがわかる)、
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加熱調理用・生食用と各種取りそろえられたトマトと山積みされたジャガイモ、
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形・色・大きさも様々なピーマン・トウガラシ類の見事なラインナップ。a0021929_22194053.jpga0021929_22195312.jpg
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特に目立っていたのが、でかいポリ袋に満杯詰めされた巨大ピーマン。市場のいたるところで売られていた。a0021929_22215862.jpg
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ナス科以外では、ピクルス用品種のキュウリもたくさん見かけた。a0021929_22225086.jpga0021929_22313184.jpg


これらの野菜を、人々はキログラム単位で大量購入してゆく。
冬の寒さが厳しいブルガリアは冬期に野菜が不足するので、今のうちに水煮やピクルス、ピューレなどに加工し、瓶詰めにして保存するそうだ。

ということで、瓶のふただけ売っている店もあり。a0021929_2223143.jpg


ピーマンは、青果をそのまま日々の料理に使う以外に、ペーストや水煮、粉末(いわゆるスパイスとしての「パプリカ」)といった加工品を使用する機会も多いようだ。

ピーマン好きにはたまらない、ピーマン・パラダイスなブルガリア。
(赤ピーマンのペーストを練り込んだチーズというのがあって、これは非常においしかった)
逆にピーマン嫌いの人は、この国で生きていくには、かなりしんどそうだなあ。
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by terrarossa | 2006-10-13 22:35 | 見聞録 | Comments(5)
2006年 06月 20日
浦潮<水族館>探訪記
 坂だらけの港町、ウラジオストクには水族館がある。
 水族館好きとしてはぜひ行かねばと思い、地図を頼りに行ってみた。
 が、建物らしきところには着いたものの入口がわからず、うろうろすること十数分。いちどは職員通用口と思って通り過ぎた、目立たない木製の扉くらいしかそれらしきものはない。ドアの所まで行ってよく見ると、小さな白い貼り紙にロシア語でなにごとか書いてある。中がどんなだか、外からは全くうかがうことができない。が、扉の左の方を見ると、町中のキオスクと同じような、郵便ポスト投函口大の小さい窓口がある。ワープロ打ちの小さい字で、入場料とおぼしき数字が書いてある。おお、入場券売り場だ。案内看板のようなものは、どこを見渡しても、やはりない。 華やかさゼロ。歓迎ムード皆無。来場者への配慮がまったくなされていないこのつくりは、社会主義政権時代のかほり濃厚。さあ中も期待できそうだ。

 果たして内部は薄暗ーく、黄ばんだ蛍光灯がぽつりぽつりとともっているだけ。客はほとんどおらず、水槽は蛍光灯系ミドリイロ(?)のうすぼんやりした光に照らされて地味にならんでいた。
 展示物で比較的でまとまっていたのは海鳥や海洋生物の標本。ただし、かなり年代がかっており、少々ほこりっぽかった。
a0021929_0175055.jpg この水族館の目玉は大型円形水槽のチョウザメ(ロシアならキャビア、ってことで?)だが、動きが速い上に暗すぎて、うまく撮影することができない。

 生き物の展示は、たまたま集めたのを順番にならべてみただけかと思わせるようなランダムさ。
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a0021929_020443.jpg 上海ガニとかナポレオンフィッシュとか、まったく脈絡のない水槽の配列の中に、いきなり痩せたニシキゴイがいたり金魚がいたり、場末のペットショップのような様相を呈していた。餌もかなり控えめのようだ。
 種名の表示もロシア語のみだった(外国人はあまり来ないだろうからなー)。

 日本の田舎の水族館だって、30年くらい前はこんな感じだったのかもしれない。ノスタルジックな気分に心ゆくまでひたりたければ、いろんな意味でおすすめのスポットと言えようか。うーむ。
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by terrarossa | 2006-06-20 00:33 | 見聞録 | Comments(3)
2006年 06月 17日
浦潮探訪記
 5月初旬に訪れたロシア極東の港町、ウラジオストクは日本の中古車であふれかえっていた。
日本から運ばれた車はここの港へ入ってくるのだから、台数が多いのは何ら不思議なことではないが、
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 市内は見渡すかぎりの日本車。
 5年前、ユジノサハリンスクでもたくさんの日本車を見かけたが、そんなレベルははるかに超えて、ここが日本かと錯覚する瞬間もあるくらいのものすごさ。今から5~10年くらい前の、あらゆる車種が揃っている。


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改善されたとはいえ、道路事情はまだまだだし
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ユーザーの扱いもぞんざいだが、
ロシアにおいて、長持ちする上に性能がいいと評判の日本の中古車は、確実に愛されているようだ。

 例によって、大半が徒歩、一部路線バス・路面電車を使い、まる3日間かけて市内を歩きたおしたが、その限りでは、市内の一般車両の95%以上が日本車とみた。路線バスは韓国製が目立ったが、普通乗用車・小型トラックで、日本車以外の車両を見ることは非常に稀だった。

a0021929_2141962.jpg商用車はやっぱりロゴがそのまんま。意味不明の英文Tシャツを日本人が普通に着る感覚と似ているのかも。

 でも、ロシアの交通ルールでは、車両はあくまでも右側通行。
 空港まで送迎してくれた運ちゃんに「運転しにくくないか」と質問したら、「慣れたからぜんぜんどうってことないよ」との回答。「ロシア製の車は高いうえに良くない。断然日本車だよ」という率直なご意見もちょうだいした(日本人へのリップサービスなのかもしれないが)。
 国内製の車が売れなくなるから、とうぜんロシア政府は面白くない。で、関税の大幅引き上げとか、右ハンドル車輸入禁止措置なんかを検討しているみたいだが、そんな政府の対応に、市民は抵抗し、デモまで行ったということだ。
 いいか悪いかは別として、これだけ日常生活とは切り離せないところまできている状況を実際に目の当たりにし、これじゃあみんな政府の意向には反対するよな、と思った次第。

 車じたいの台数も多く、それだけ車を買えるほど豊かな市民が増えたということかもしれない。いわゆるスーパーマーケットもあって驚いた。数年前にできたばかりだという。
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ロシアの商店といえば、ショーケースの後ろとか、ブースの内側に商品が並んでいて(あるいは、貼り付けられていて)、店員に商品をとってもらう、というのがおなじみのスタイル。
 なので、たとえば食料品などは、賞味期限ギリギリのを念入りに選んでよこすし、うっかりしていると、ふくらんだ缶詰や、包装の破れている商品を手渡されるはめにもなる。客が自由に商品を手に取りながら買い物かごに入れ、レジで精算するというシステムは、かつてのロシアにはなかったものだ。ちょっと見たからわかるというのでもないけれど、行って、見て、やっぱりロシアもどんどん変化しているのだと実感した。

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線路上で休憩する作業員のみなさん。後方のダンプはめずらしく日本車ではなかった。
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by terrarossa | 2006-06-17 03:02 | 見聞録 | Comments(2)
2005年 12月 23日
第二の人生
 ロシア極東地域で日本の中古車が大人気だという話は有名だ。実際サハリンでもハバロフスクでも日本語のロゴマークそのままのトラックなどを普通に見かけることができた。ユジノサハリンスクでは、右側通行なのに、道を走る乗用車の八割は右ハンドル車、つまり日本車だった。
 ただし最近、ロシア政府が日本からの輸入中古車に対して、関税を大幅に引き上げることを決定したため、かつて見たような光景も、やがて変わっていくのかもしれない。

a0021929_5205739.jpg2000年、ユジノサハリンスクにて。ロゴマークそのまんまで、こんなところで活躍しているなどということを、かつての持ち主は知ってるのだろうか?









  そんなサハリンでは、車の盗難が非常に多いそうだ。なるほど車庫は、ちょっとやそっとでは開けられそうもない重量感溢れる南京錠と鎖で、ぐるぐる巻きに鍵を掛けられていた。それでも盗まれるケースが後を絶たないという。とはいっても小さな島だから、そのまま売りさばこうとすれば、すぐに足がついてしまう。ではどうするかというと、すぐにばらばらに分解してしまうそうだ。部品にすれば大丈夫ということらしい。

 サハリンでは、ポロナイスクという地方の町まで足を伸ばした。ユジノサハリンスクから鉄道で八時間、北緯五十度線の手前だ。ポロナイスクは、第二次大戦前に祖父母が住んでいた町だった。だが、かつて敷香(しすか)と呼ばれていた頃の町は戦争によって破壊されてしまったと祖母は言っていた。そしてその通り、歩いても歩いても旧ソ連時代に建てられたとおぼしき、ぼろぼろの四角い灰色のアパートが続くばかりだった。唯一、旧王子製紙の工場だけが、昔日の町を思わせる雰囲気を漂わせていたのが印象的だった。

 ポロナイスク駅のそばにささやかな市場があった。冬にさしかかった頃で、野菜は大した種類もない。少々の缶詰類と乾物、冬向けの衣料品がさらっと並んでいるだけ。まあ普通の品揃えだよなと思いつつ、ふと片隅のほうを見やる。しょうゆで煮しめたような色の汚れたコートを着た数人のオヤジたちが何かを売っている。粗末なむしろの上には、スパークプラグにバッテリー、ファンベルト、バンパー、ヘッドライト……もしかして、などという余地を挟むまでもなく、それらはランダムに並べられた自動車部品の数々だった。
 もちろんそれらは「まっとうな」自動車部品に違いない。部品のみなさまにしてみれば、たまたま立ち寄った外国人旅行者に盗品の濡れ衣を着せられるのは全くもって心外、だろう。売り場スペースを見た瞬間、とても写真撮影する気にはならなかったほどヤバげな雰囲気を感じたが、これは単に事前の話から妄想がふくらんでしまった結果だろう、と思いたい。
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線路脇を歩いて、ポロナイスク駅に向かう。列車の本数が少ないからこういうことができる。
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by terrarossa | 2005-12-23 05:39 | 見聞録 | Comments(2)
2005年 12月 23日
誰もが写真を撮る時代
 親の影響もあり、小学校高学年になる頃から写真を撮るようになった。以来、特にテクニックに凝ることもはまりすぎることもなく、気が向いたときだけ淡々とシロート写真を撮り続けている。ほんとうは人物を撮りたくて、職場の人などを盛んに撮影していたときもあったが、転勤して環境が変わると、なかなかそうもいかなくなった。今は、もともと好きだった植物や虫などを撮ることが多くなった。
 はじめての一眼レフカメラは、オリンパスのOM-2という機種で、これは15年ほど使っていた。ところが、長年使っている内にフィルム巻き部分の溝が摩耗して空回りするようになり、もう部品もないということで、新しいカメラに替えざるをえなくなった。ペンタックスMZ-5が、現在使用している一眼レフカメラである。
 「現在使用している」と書いたが、実はこのカメラはここ一年あまり、ほとんど使っていない。なぜかというと、デジタルカメラを買ったからだ。昨年ロシア・中国へ行くに当たって、かさばって目立つ一眼レフカメラを持ち歩くのは何かと支障をきたすかもしれないと思い、小さいカメラを買った。今ならやはりデジカメ、ということで、オリンパスのμ-30という機種を購入した。一眼レフでもない「普通の」カメラである。
 使ってみて、科学技術の進歩はすごいなあと実感。重くて大きいボディーに、これまた重くて長いマクロや望遠レンズをつけて、ピントと絞りを調整して……というようなことをしなくても、手のひらサイズの小さなデジカメでそれなりに撮れてしまうのだ。
 このブログにいままで載せた写真は、2割がアナログ(プリント写真をスキャナで読み込んだ)、8割がデジタル。小さなデジカメは、どこへでも持って行けて、いつでも気軽に撮影できるのがいい。もっとも、いまは携帯電話にもカメラ付きはあたりまえだし、その性能もすばらしいものとなっているから、誰でも写真を撮るようになり、また、誰でも「うまい写真」を撮影できる時代になったということか。
 ペンタックスMZ-5は、カメラケースにおさまったままホコリをかぶっている。気の毒なので、時々は引っ張り出して使ってやりたい気もするが、残念ながらその機会はなかなか巡ってこない。

ブログの「展示場」に載せた写真もたまってきた。久々に蔵出ししてみることにする(自己満足の世界だよな)。
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カエルは好きなモチーフ。左2枚はアナログ、右1枚はデジタル。


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赤いもの2枚。左は中玉トマト「こくみ」、右はイチゴ「とちおとめ」。いずれもデジタル。
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by terrarossa | 2005-12-23 03:35 | 見聞録 | Comments(0)
2005年 12月 21日
売れ筋の色
a0021929_1133399.jpg←ベトナムの市場にて。目にも鮮やかなバケツ、たらい、ザルの数々である。この地において、水まわりプラスチック製品は原色がスタンダードのようだ。市場では、洪水の如くあふれかえる様々な商品に埋もれまいと、たらいまでもが激しく自己主張している。熱帯らしく華やかな色が身上、目立ったもん勝ちとは、ある意味わかりやすい。この傾向は、熱帯に属するベトナムばかりでなく、中国や台湾、韓国なども同じだったように思う。ど派手なピンクのたらいや、真っ赤なバケツは、アジアのお約束よろしく、旅先ではおなじみのものだ。
 対して日本で売られている浴用、台所用のプラスチック製品というと、そのほとんどが、パステルブルー・パステルピンク・アイボリーなどの淡ーい色である。製品を作る側は、おそらく「さわやかさ」とか「やさしさ」というようなイメージをねらってそういう色にしているのだろうし、買う方だって無意識に、水が自然な水の色らしくみえるものを求めている。製品の用途がもつあいまいなイメージをふくらまし、それを重視して商品開発をする、というのは、もしかしたらものすごく日本的な発想なのかもしれない。用途に関係なく、製品そのものが自己主張するベトナムや中国の状況とは対照的だ。
 もっとも、もともと日本人は中間色を好む人が多い。そういえば以前、韓国の土産屋で「日本のお客様にはこのあたりのデザインが人気です」とすすめられたランチョンマットの色は、ぱっきりはっきり原色を組み合わせる韓国的配色とは対照的な、うすぼんやりした色合いのものばかりだった。

そんな韓国といえばこれ↓
a0021929_117279.jpg ゴム製水まくらの色のような茶色のバケツやたらいは、韓国ではいたって普通だが、日本では見かけたことがない。それにしても、なぜ青や緑じゃなくてこの色なのか?と、ナチュラルに疑問を抱く自分はやはり日本人だな……
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by terrarossa | 2005-12-21 01:26 | 見聞録 | Comments(2)
2005年 11月 23日
高級な柿
a0021929_251816.jpg どうやら今年は柿の当たり年らしい。
 そこかしこで、枝が折れそうになるくらい実をつけた柿の木を目にする。寒冷地という場所柄、ほとんどが渋柿だ。
 渋柿を食べるには、干し柿にするか、渋抜きをするかしなくてはならない。干し柿は、皮をむいて、直射日光の当たらない、風通しの良いところに吊しておくとできる。最近は柿が収穫できる頃はまだ気温が高くて、「干し柿」にならない内にカビが生えて駄目になってしまうこともある。場合によっては、採った柿を冷蔵庫などで保存して、気温が下がるまで待つという手段をとらなくてはいけない。
 もうひとつの方法が「渋抜き」。炭酸ガスを使う方法と、アルコールを使う方法がある。業務筋では、炭酸ガスとエタノールを併用して渋抜きをする方法がとられているが、家庭用など少量ならば、焼酎を使ったアルコール脱渋がやりやすい。へたの部分を焼酎にひたし、焼酎をしみ込ませたティッシュとともにポリ袋に密閉して室温に置いておくと、だいたい一週間程度で渋抜きできる。
 ところでこのアルコールによる渋抜き、アルコール度数の高い酒ならなんでもOKなようである。ずいぶん以前のことになるが、当時勤務していた職場の上司が、ある日にこにこしながら柿を一個持ってきた。見た目は普通の柿だったが、とてつもなく良い香りがする。かじった途端、なんともいえないかぐわしさが口いっぱいに広がっていく。美味い!
「これはすごく高級な柿なんだよー」と彼。な、なにか特別な品種とか特別な栽培法をもちいた柿なのか?
「渋抜きに焼酎じゃなくて、これ使ってみたんだ」ということで、どん、と机の上に置かれたのは、なんとサントリーの「V.S.O.P」。ブランデーを渋抜きに使っていたのだ。どうりで香りが良かった訳である。確かにコストはべらぼうに高いが、数個単位だったら、やってみる価値は大いにあると思う。どうせならウォッカとかテキーラとか、いろんな酒で渋抜きして味比べしてみるのも面白いかもしれない。
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by terrarossa | 2005-11-23 02:13 | 見聞録 | Comments(2)
2005年 10月 03日
またしても日本語
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ベトナムで購入した、粗みじん切りの乾燥唐辛子(100g入り・3,300ドン=約23円)。ベトナム中部産の唐辛子が原料とのこと。
売られていた店的にも、価格的にも完全地元向け商品のはずだが……

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パッケージ中央左寄りにはなぜか日本語の商品説明が。

「粗末に(この時点で購入意欲が減退しそうだ)
細く切った(「細かく」といいたかったのか)
枯唐辛子(乾燥品なので確かに枯れてはいるんですが) 
粒が残る(あ、残ってますね、粒)」

この、日本語として正しいようで正しくない、微妙~なニュアンスの文。
中国で見かけたアヤシイ日本語の菓子パッケージと、まさに同一系統のノリ。
中国にしろベトナムにしろ、商品パッケージに日本語を載せることでどのような効果を狙っているのか、日本語(の文字)はどのようなイメージを持たれているのか、知りたいところである。
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by terrarossa | 2005-10-03 02:14 | 見聞録 | Comments(4)
2005年 06月 26日
「の」はオシャレな流行文字なのか
 中国のスーパーで菓子を買ったら、パッケージの一部が日本語だったのでちょっと驚いた。日本とは関係のない、地元向けの菓子なのに、である。「午後の、楽ーしい時間に」「とてもおイしーい!」等々、微妙に外した日本語だったのはご愛敬。
 気が付けば、さりげないところで日本語が使われている最近の中国語圏。とりわけ目に付くのが平仮名の「の」。
 街を歩けば、けっこうな頻度で「の」に遭遇する。

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          北京。「鮮の毎日」というペットボトル入りの清涼飲料水がたくさん売られていた。


a0021929_4234994.jpga0021929_4242611.jpg 台湾ではもっと頻繁に「の」を目撃した。ビリヤードクラブの看板、喫茶店の看板……
ついでながら、香港には「優の良品」という乾物屋系菓子店がある。



 とにかく、日本人を対象としたものではないようなところでも、「の」は、普通に使われている。
 たしかに、「の」は、助詞としてそのまま中国語の「的」または「之」と置き換えることが可能だ。特に「的」は字を崩すと「の」に見えなくもない。文法的にも、あまり違和感なく使うことができる。「の」という文字を使っていても、発音は「no」ではなく、「de」や「zhi」なのだろう。
 そして何よりも、角張った文字の多い漢字に混じると、シンプルで丸い形の「の」という文字は、圧倒的に目立つ。視覚効果ばつぐんである。自分は、これが「の」導入の一番の理由なのではないかと思っている。ちなみに、あちらの「の」は、日本の「の」よりも、より丸っぽい形のものが多いようだ。

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 雑誌を見れば、漢字にまじって平仮名の「の」のフォントが目に入ってくる。手書き文字でなく、ちゃんと中国語としての「の」というフォントが存在しているのだ。









 今のところ「の」に関しては、オシャレな流行文字扱いのようだ。当然、辞書にも記載されていない。ということは、中国語に投げ込まれた異物のような「の」を見るにつけ、「最近の言葉の乱れは嘆かわしい限りだ」と苦々しく思っているあちらの人も、たくさんいるに違いない。
 言葉は生き物というけれど、果たして中国語圏における「の」は、一時の流行なのだろうか?それとも中国語として定着していくのだろうか?
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by terrarossa | 2005-06-26 05:12 | 見聞録 | Comments(2)
2005年 01月 04日
台湾一周
 暮れから年明けにかけて、台湾を時計回りに一周してきた。新年は台湾の最南端、墾丁で迎えた。4日しかない旅行期間の大半は、乗り物の中で過ごすことにあてられた。遠かった。
 家を出る時はガンガン雪が積もっていたこともあって、暖かい南台湾の気候を大いに期待していた。が、折しもかの地は例年にない寒波に見舞われており、年越しカウントダウンは寒風吹きすさぶ中行われたのだった。どんよりと曇った小雨交じりの空の下、初めて見るバシー海峡はなんだか寒々としていた。そこらに生えているのは椰子やソテツやブーゲンビリアなどの、まごうことなき熱帯植物だったのだが。

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↑墾丁公園のシンボル、大尖石山(と、クロネコヤマトの宅急便トラック。ドライバーの制服も日本と同じだった)。


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↑台東海浜公園のベンチ(および東屋の柱)の落書き。「頭文字D」、地方都市・台東でも大ブレイク。市内では、車体にでっかく「藤原とうふ店」と書かれたスポーツカーを目撃(撮影できず残念)。超かっこいいスポーツカーに「とうふ店」って……ファンだというのはわかるが、日本に住む者としては、そんなに入れあげていただいていいんだろうか、という気分にもなる。
 いやいや、なんたって台湾の大スター、周杰倫(ジェイ・チョウ)主演で映画化されるからこそ、そこまでやっちゃうのだろう。燃え上がるファンの暴走は万国共通なのだ。涙ぐましい努力の跡が感じられる(←違うだろ)。
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by terrarossa | 2005-01-04 05:20 | 見聞録 | Comments(2)