カテゴリ:見聞録( 40 )
2010年 12月 18日
明るい日本(物理的に)
 今年のドイツ旅行中に滞在した「貸家」では快適に過ごすことができたが、ただひとつ困ったことがあった。
 照明が暗いのである。
「私は明るい照明がキライ」と言う家主さんの家は、リビングにも寝室にも、天井の照明が設置されていなかった。だだ広いリビングにあったのは、机上のスタンドと、ソファ脇の読書灯、階段を照らす薄暗いスポットライトのみ。夜になると足元は真っ暗で、最初の内は何かにつまずきやしないかと、おっかなびっくり忍び足で歩かねばならなかった。そして、これまた広い寝室にはベッド脇の電気スタンド30ワットのみ。とっぷり日が暮れた後は、運び上げたスーツケースの荷解きも整理も暗すぎてよく見えず、ドイツに来てまずやったことは、電気屋を探して60ワットの電球を買うことだった。
 ベッドスタンドの電球を、使用可能上限値の60ワットにこそっと付け替えて、なんとか部屋全体がおぼろげに見えるようにはなったが、細かい文字を読むにはまだ暗い。だが幸いというか、クローク(物置)はまともに天井の照明があって明るかった。ということで、家主さんの服や靴や鞄に埋もれながら本や雑誌を読んだりしていたのだった。ドイツで一体何してたんだ自分。

a0021929_9122012.jpg ここまで極端なケースは希だったとしても、おしなべて欧州の夜は暗い。というか、日本が明るすぎるんだろうな。ずっと以前、世界的には「橙色の夜」が標準で、白色の灯が圧倒的に多い日本の方が特異的なのかもしれない、という記事を書いたことがあったが、白い光だけじゃなく、物理的により明るい光を好むのもまた、日本人の特徴なのかもしれない。そういう日本の環境で育った日本人としては、暗い夜に慣れるまでが一苦労だった。そういえば子供の頃、部屋が暗いままで本など読んでると「目が悪くなるよ」と注意されたものだったが、向こうの人たちは、あんな暗い照明の下で夜を過ごしていたって、別に「目が悪く」なる訳でもないようだ。瞳の色が薄い人は、より光を感じることができるので、そのような人が多い欧州では暗い照明でも大丈夫なのだ、という話をどっかで聞いたことがあるけれど、その欧州だって、濃い色の瞳の人が大勢いるはずだから、やはり育った環境による慣れの方が大きいのではないかと思う。
 日本でも最近は橙色の外灯が増えてきたし、家屋の照明も、以前より黄色味の強い、いわゆる電球色が好まれる傾向にはあるようだが、やはりオフィスのような白色の照明をつけているところがまだまだ多数派だ。
 海外から帰国して、日本に戻ってきたことを最初に実感するのが夜だ。まばゆく白い光に満ちあふれた日本の夜。今回もたかが一週間やそこらの海外旅行だったが、帰宅してみれば、家の照明がなんだか明るすぎるし白すぎるしで、しばらくは落ち着かなかった。慣れってコワイ。
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by terrarossa | 2010-12-18 09:14 | 見聞録
2010年 08月 23日
ロシア極東の市場を行く
 ロシアの商店というと、
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 商品がショーケースの中とか窓の内側に貼られていて、客は欲しいものを店員に言って出してもらい、チケット売り場のような小さい窓口を通じて商品の受け渡しと金銭の支払いが行われるスタイルが一般的だったのだが、ウラジオストクでは、客が商品を手に取りながら買い物できる、いわゆるスーパーマーケットスタイルの店がさらに増加していた。
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 そして、あちこちで見かける「24」という数字。「24時間営業」と「24時まで営業」の両方あったが、いずれにしても、深夜営業の店が増えたということか。

a0021929_1343584.jpg 一方で、従来のスタイルをとる「キヨスク」も
a0021929_13574.jpg 露店も健在。
 ハバロフスクでは、スーパーマーケットはまだ一般的ではないようで、店の数も少なかった。

 ウラジオストク、ハバロフスクは極東地方らしく、魚介類がたくさん売られていたのが印象的だった。
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 シャケ、イクラと日本でもおなじみの食材も。うまそう。

a0021929_1372189.jpg 野菜は、季節的にまだ春になったばかりということもあったのか、ほとんどが中国から来ているとおぼしきものばかり。
a0021929_1375243.jpg まるで箪笥か仏壇のような構造の市場の商店。観音開きの扉部分もショーケース。

 帰国して、あらためて地図をチェックしてみたら、ウラジオストク市内の主要な市場とショッピングモールをほとんどさらっていたことに気づく。ほかにすることはなかったのかと以下略。

a0021929_139329.jpg あの小さい日本人、一体何回同じところを往復したら気が済むのかしら……

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by terrarossa | 2010-08-23 01:44 | 見聞録
2010年 01月 30日
クノールとマギーの粉末製品による、ドイツ短期自炊生活
 昨年九月、三回目のドイツ旅行においても、台所・調理器具を備えたアパートに滞在し、短期間ながら自炊生活をしていた。手配や手続きは面倒だが、ホテルよりは安価だからという経済的理由からである。
 外国で自炊となると、なんか大変そうなイメージがあるけれど、ドイツではクノールとマギーのおかげで、メニューには全く困ることがなかった。クノールとマギーの粉末製品は、スープだけではなく、各種料理の素も大充実していたのだ。

a0021929_29502.jpg 左から、ネギクリームスープ、ルッコラクリームスープ、豚肉とマッシュルーム煮の素。

a0021929_2102796.jpg 1ブロックの棚全部がパスタな、ケルンのスーパー。パスタ好きなんだなあ。

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 デパ地下とあって、ちょっとハイソな雰囲気の青果物コーナー。日本ではあまりなじみのないアーティチョーク、フェンネルと並んで、ダイコンやゴボウも売られていた。

 ということで連日、市場やスーパーで食材を購入し、なんちゃってドイツ家庭料理を満喫。結局、ほとんど外食しないで終わった。都合3回もドイツを訪問しながら、またしても本格的ドイツ料理を食べ損ねてしまったのだ。うう。

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 こんな感じ。もしかすると、「これがドイツの食事だってのか(笑)」と、ドイツ人失笑ものの日本的アレンジを無意識のうちに加えていたかもしれないが。

 思うに日常、ドイツ人だって気合いの入った伝統的料理など頻繁に作ったりする人は少ないだろうし、したがって非常に現実的な一般ドイツ人のメニューに近いものを食っていたんじゃなかろうか。さしずめ、日本に滞在している外国人が、カトキチの冷凍さぬきうどんと桃屋のつゆと長ネギと卵を買ってきて、月見うどん(「でも生卵は抵抗があるのでじゅうぶん加熱する」などの、日本人からはツッコミの入りそうなアレンジはしたりする)を作って食べるようなものかもしれぬ。

a0021929_2121114.jpg これを使えば、なんとなくアチラの味を再現できてしまうステキ調味料ラインナップ。トマト・モッツァレラ入り塩、バジル入り塩、トマトとバジルのペースト。やっぱりドイツ人ってイタリアン好きなのかもしれない……



<表題とは全く関係ないおまけ>
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 上の写真は、ケルン中央駅コンコース内の土産物店。ロケーション的には一等地であろうこの店のショーウィンドウの約半分のスペースが、「I LOVE ケルンTシャツ」とか「ケルン大聖堂マグカップ」とかいったベタな観光土産をさしおいて、ハローキティグッズで占められていたのである。日本が世界に誇る超人気キャラクター、ハローキティは、なんと遠くヨーロッパのドイツにおいても大人気だった!すげー!
 もちろんショーウィンドウだけでなく、店内にもキティ・グッズがあふれかえっていたのだった。街中のちょっとマニアックな雑貨店とかならわかるが、なぜここで……ドイツ、謎だよ……
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by terrarossa | 2010-01-30 02:21 | 見聞録
2010年 01月 30日
楽しいご当地スープの数々について
 海外の食料品市場やスーパーマーケットでいつも探してしまうのは、粉末もしくは固形のスープの素やインスタントスープだ。
 それらスープ製品は、どこの国や地域でも多種多様なものが販売されているのだが、ご当地メーカーの製品をさしおいて、「クノール」製と「マギー」製のものが並んで陳列されていたりすることがよくある。そう、海外旅行にてスーパーマーケットあるいはデパ地下へ赴けば、世界各地で繰り広げられているのであろうクノール(Knorr、ユニリーバ系列)とマギー(Maggi、ネスレ系列)という二大食品ブランドの仁義なき戦いの片鱗をうかがうことができるのである(←大袈裟)。
 製品自体は地元工場製造とはいえ、インターナショナルなブランドだから、サプライズはない代わりに大ハズレもない。当地の味を無難に再現することができ、かつ、おいしくいただくことができるのがすばらしい。なのでお土産としても重宝している。安価でかさばらないところも気に入っている。

 とりあえず今、手元にあるご当地クノール製品を並べてみる。
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 上段左から、
 フィリピン製・チキンヌードルスープ(東京・上野で輸入品を購入)
 コロンビア製・アスパラガスのクリームスープ(ペルーを旅行した知人からいただいた)
 ドイツ製・ジャガイモとヤマドリタケのクリームスープ(ケルンで購入。このほかにもスープだけで十数種類はあった)
 下段左から、
 マレーシア製・チキンとしいたけのスープ(クアラルンプールで購入)
 台湾製・チキンとしいたけのスープ(台北で購入。「康寶」は「クノール」のこと)

 日本でマギー(Maggi)は固形ブイヨン等、料理の素材中心で、インスタントスープは製造販売されていないので知名度は低いかもしれない。けれど、ヨーロッパやアジア各国では、インスタント粉末スープ製品にかけてはクノールとしのぎを削るライバル的存在のようだ。
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 左から、
 台湾製・マッシュルームととうもろこしのチキンスープ(台北で購入。「美極」は「マギー」のこと)
 マレーシア製・かにとはるさめのスープ(クアラルンプールで購入)
 ドイツ製・えびのクリームスープ(ケルンで購入)


 日々単調で貧弱になりがちな食生活を送る中でたいへん重宝しているのが、クノールの固形コンソメ各種。

a0021929_1284522.jpg 台湾製のしいたけコンソメとシーフードコンソメ。
 とりわけ、しいたけコンソメの方は、これまで出会ったご当地コンソメの中では最高傑作と思える俺的逸品。なぜこの味が日本にないのだろう。

a0021929_129791.jpg タイ製のトムヤム・コンソメ。台湾で輸入品を購入。手軽な割にはかなり本格的な味を再現できる。

a0021929_1293258.jpg マレーシアでもクノールの固形コンソメを発見。スタンダードなチキンコンソメやポークコンソメと共に並んでいたのはシーフードコンソメ。意外にも東南アジア-!的な濃さは微塵もなく、あっさりとした上品な味わい。中華風でもない。でも明らかに日本にはない味と香りなんだよなあ。


 それぞれの国にはもちろん、ご当地ブランドスープもたくさんある。クノール、マギー製品と違い、中には万人向けに無難な味とはいかないテイストのものにも出会ったりできる。それはそれで楽しい。

a0021929_1295518.jpg ロシア、ウラジオストクで購入。どれも少しずつ入っているものが違う具入り粉末スープだが、フツーのコンソメスープと思いきや、日本にはないテイストのスパイス・ハーブ類がかなり相当自己主張していた。


a0021929_130191.jpg フィンランドに行ってきた知人からいただいたトマトスープ(左)と、ペルーに行ってきた知人からいただいたホワイトアスパラガスのスープ(右)。
 二人とも、それぞれの旅行前に「ご当地スープが面白いすよー」と言ったら、ほんとに現地で探しに行って、つい何種類も買ってしまったのだそうだ。その恩恵にあずかることができて有り難いです。


 こうしてみると、お湯を注いでできあがり、という製品もなくはないが、世界的には、鍋で調理するタイプのものが主流なのかしらん(「最後に溶き卵を一個加えて、ひと煮立ちさせてできあがりです」というのが多かったし)。

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by terrarossa | 2010-01-30 01:42 | 見聞録
2009年 09月 13日
トイレというハードルについて
尾籠な話題につき注意!

 椎名誠の著書「ロシアにおけるニタリノフの便座について」にて、ロシアのトイレには便座がないという話が載っていた。その本が出てから十年ほど後にロシアへ行ったところ、首都モスクワの空港ですらほんとに便座が無かったのには閉口した(水が流れなかったことにはもっと閉口した)。旅行したのが夏だったからまだ耐えられたが、冬だったら、冷え切った陶製便器に直接腰を下ろさなければいけなかったってことか。うひょおおぉぉおおお。想像するだけで飛びすさって退散したくなるような恐怖である。上に乗ってしゃがむ方法もありだろうけど、高さがあって横幅が無くてつるつるの表面に足を乗せねばならぬ。リスク覚悟で用を足す……排泄行為に毎回そんなストレスがかかるのは如何なものか。
 便器にはかつて便座があったという痕跡があるので、べつに初めから無かったわけではないらしい。にもかかわらず、公共施設のトイレが悉く便座無しというのは一体どういうことなのか。
a0021929_13242257.jpg その理由には、旧ソ連邦だったトルクメニスタンのホテルで部屋のトイレの便座に腰掛けた時に気がついた(左写真参照)。もしかするとこれは、便座の材質が脆弱なあまり、取り付けてなんぼもしない内に壊れてしまうのではないか。現に、既に便座にはでかいヒビが入っていた。ソビエト時代に大量生産されたとおぼしき粗悪なプラスチック製便座では、マトリョーシカ体型の重量級が何度も腰を下ろす試練の前にはひとたまりもないだろう。そういえば、便座の備わっていたトイレも確かにあったが、その便器の大きさや形に合ってないものが多かった。街中の雑貨店では、ビニールレザー張りの、座り心地が良くて丈夫そうな便座がたくさん販売されていた記憶がある。便座は頻繁に交換する消耗品だったということか。
 あれから十年あまり経過し、さしものロシアもさすがに状況は変わったことだろう。数年前に訪れたハバロフスクやウラジオストクの空港やホテルのトイレは大変清潔で、もちろん便座もあった。今、シェレメチェボ空港のトイレはどうなっているのだろうか。

 ロシアだけでなく、アジア方面へも時々行ったりしている中で感じるのが、ここ数年でトイレは格段に清潔になりつつあるということ。特にSARS、鳥インフルエンザの流行以来、程度の差はあれ、どこの国でもトイレや洗面所の衛生管理にはかなり気を遣うようになった。流行疾患あってこその劇的な変化である。何もなければ何も変わらなかったことだろう。きっかけがどうあれ、そうして清潔になったトイレで用を足すことが、衛生上のことだけでなく、気分的にたいへん快適であることに気づいたら、更にトイレは改善されていくのではないだろうか。もちろん、その国の生活が豊かになって、予算をトイレ改善に割く余裕ができたらの話だろうけど……
 そういえば、ネタになるような壮絶トイレは最近少なくなって、いつの間にか、だんだん写真も撮らなくなってしまった。これはいいことなんだろう。

a0021929_1325283.jpg 1996年。ペダルを踏んだらレールの枕木が見えた、トルクメニスタン国内の長距離列車トイレ。薄暗かったが、大勢の乗客が行き来している狭い車内でストロボ撮影する勇気はなかった。砂漠の中なので、落ちていったものは速やかに乾燥するからそれで良し、なんだろうな。そういえば、かつて日本の列車も外に撒きちらしていたよなあ……

a0021929_1326399.jpg かつてのロシアでは、不自然にでかいと思えるくずかごも必要不可欠なアイテム。なぜなら、使用したトイレットペーパーは流しちゃいけないから。水流に問題があるのか、使用する紙の材質に問題があるのか……多分そのどっちもだろう。トイレットペーパーは備え付けられていないところが多かった。あったとしても、うっかり拭いたら流血沙汰になりそうな超硬派な紙質だったり。ドアに打ち付けられた釘に、適当な大きさに切った新聞紙が引っかけられていたトイレもあったしな。

a0021929_13422885.jpg しゃがみ式トイレは、無防備な状態で後ろから襲われないように、ドア側に顔を向けて用を足すようになっているのが基本。ドア側にお尻を向ける構造になっているのは日本くらいだとか。方向を間違えてしゃがむと、うまいことブツが流れません。2009年、クアラルンプール(マレーシア)。

 そして、これまで様々なトイレに遭遇した中で、最もハードルが高かったのが、2004年に使用した中国・ハルビンの公園トイレ。バックパッカーではない自分にしては、かなり相当高いレベルではなかったか。せっぱ詰まっていたので、写真撮影どころではなかったのが今更にして悔やまれる。それは、極めてシンプルな一続きの側溝型トイレだった。常に水が流れていて、川上で用を足すとそれを他人に見られ、川下で用を足すと他人のものが流れていくのを見ることになる。どっちもいやだ。てか、前後の仕切りだけでドアなしなので、姿そのものを見られることにものすごい抵抗感があったが背に腹はかえられず。うう。
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by terrarossa | 2009-09-13 13:54 | 見聞録
2009年 06月 02日
路地裏は野生の王国
a0021929_0331562.jpg 2006年に製作された、ツァイ・ミンリャンの映画「黒眼圏」(邦題「黒い眼のオペラ」)は、森林火災で大気汚染が深刻な頃のマレーシアを舞台としたもので、5月のマレーシア旅行では、この映画のことを思い出しながら街を歩いた。映画のシーンに出てきたような、建築途中で放棄されたとおぼしきビルの廃墟はクアラルンプール市内でいくつか見られ、大きな水たまりができているところもあった。そのように開発途上でうち捨てられたところがある一方で、しかるべきところでは街の整備が進み、小ぎれいな一角が所々出現している。だが、まだ多くの場所は猥雑な熱気と喧噪に満ちあふれた東南アジアの街並みだった。
 とりわけ路地裏に足を踏み入れれば、もうそこは悪臭ただようカオス状態の別空間。破れてぼろぼろのゴミ袋がゴミ箱から溢れ、それが片づけられる気配もなく、さらに新たなゴミがうず高く積もっている。ゴミ収集システムが、街中くまなく機能しているわけではないらしい。
 それにしてもこんなに派手にぶちまけなくてもいいのになあと思いつつ歩いていくと、ゴミの山のそこかしこから、ザザザーッという、物が崩れるような音がさみだれ式に聞こえてくる。果たして薄暗闇の中に見えたのは、一斉に物陰へ移動する、尋常じゃない数の巨大ネズミの姿。要するに、やつらが無秩序に積まれたゴミの袋を食い破り、さらに収拾のつかない状態にした結果がこの惨状だったのだ。そいつらのでかさときたら、思わず後ずさりしたくなるほどのレベルであること間違いなし。気候と食べ物に恵まれ、丸々と肥え太り、毛並みはつやつや。対照的に巷のネコが一様にスリム体型だったのが不思議だった。やつらに体当たりされたら、吹っ飛ぶのはネコのほうだろう。

 そういえば、ロシアと国境を接する中国の田舎町、台湾の地方都市、香港と、場所は異なるが、いずれの街なかでも、ゴミ収集車が、ローカルな節回しの電子音メロディーを、鼓膜がどうにかなるくらいの大音量で流しながらとろとろ走るのを目撃したことがある。サブちゃんの熱唱演歌をフルボリュームで響かせながら山間地の集落を訪れる、移動販売車のノリである。で、家々からゴミ袋を持った人々がわらわらと出てきて、そこで順次ゴミが回収される場面にも出くわした。分別はどうだとか、そのゴミがどこへ運ばれてどう処理されるのかは別として、それらの地域では、とりあえず発生したゴミがその場に放置されず、決まったところで処分されるしくみができているのだ。
 
 ゴミ収集システムがもっと機能するようになれば、クアラルンプールも都市としてまた進化を遂げるのだろう。そうはいっても、メタボネズミが跋扈する路地裏の野生の王国は、当分、滅びそうにないような気もするが……
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by terrarossa | 2009-06-02 00:45 | 見聞録
2009年 05月 16日
クアラルンプール市場探訪記
 クアラルンプールで最もディープな市場といえば、市の北側にあるチョウ・キット市場、だそうな。ということでじっくり眺めてまいりました食料品の数々を。

a0021929_1391886.jpg 足を踏み入れた途端、マンゴーのワゴン移動。季節は今、マンゴーなのだった。いきなりカオス状態に突入。

a0021929_1593674.jpg さすが多民族国家マレーシア。それぞれの食習慣に合わせてか、実に種類が多い。
 生鮮食料品の多くは低い天井の薄暗い屋根の下で売られており、地面にはところどころ水たまり、そのうえ人でごったがえしているので、とてもじゃないがゆっくり撮影できるような雰囲気ではない。当然ストロボもNG。なるべく明るいところをさがしてさくさく撮るしかない……

a0021929_1405489.jpg 鶏まるごと。
a0021929_1412317.jpg サバとかソウダカツオの類か?マレーシアでは魚介類もよく食べられているようで、魚だけじゃなく、タニシの類からエビ、イカまでずらりと売られていた。魚介類じゃないが、当然の如くカエルも……両生類までは魚屋の範疇らしい。

 日本ではなかなかお目にかかることのできない野菜や果物も多数。総じて大柄。熱帯だし、よく育つのだな。

a0021929_1414741.jpg トカドヘチマと長ササゲ。長ササゲは80センチくらいあるので、丸めて折りたたんで売られている。
a0021929_1421254.jpg ネジレフサマメ。これも長さ30センチ以上はあるでかい豆。
a0021929_142347.jpg マンゴー二種。ミドリのもちゃんと熟していて、中はオレンジ色。濃厚に甘い。
a0021929_143249.jpg スターフルーツ。これの生ジュースはまずそうな緑色をしているが、甘酸っぱくさわやかな飲み口で、案外いける。
a0021929_143198.jpg サラック。うすら甘いのに薬臭くてエグ渋い、ビミョーな味だった……

加工食品も色々。

a0021929_1434777.jpg ケーキ屋台。屋根はかかっていても炎天下、なのにゆるぎない表面コーティングとクリーム。傾斜棚に陳列されているというのに溶け出してる気配なし。いったいなにを混入しているのだ。
a0021929_1441629.jpg 魚チップス。町角の屋台で揚げたてを売っている。色は冴えないが、すごくいけてるシーフードスナック。

a0021929_1444242.jpg バーゲンセールに集う人々の気合の入れ具合は、万国共通だと思う。

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by terrarossa | 2009-05-16 02:19 | 見聞録
2009年 03月 21日
ビールの思い出
 というタイトルにしてはみたものの、ビールですら飲むと命に関わるほどの筋金入りの下戸につき、当然ながら、酒の席での話ではない。酒が全く飲めないというのはそれだけで結構なハンディキャップだ。だからといって社会人である以上、酒の席との関わりを持たないという訳にもいかず、下戸にとっては不当な会費を払わされ、それどころか最後までシラフで間違いがないだろうということで、しばしば幹事を頼まれ、上司や同僚の送迎をし続けて二十年近く来てしまった。下戸なのに酒宴が得意って、なんだかなあ……

 1996年夏、トルクメニスタンを旅行した。中央アジア、カスピ海の東に位置する国を訪れたことのある日本人はそんなにたくさんいないと思う。国土の九割が砂漠で、降水量はきわめて少なく、夏の昼間には連日50℃以上になるようなところにわざわざ暑い時に行ったのは目的があったからだが、旅行前半はなかなかその暑さに慣れず、なんぼか涼しい早朝から午前中だけ行動し、午後は無理をしないで室内で休んでいた。
 当時はまだソ連邦から独立して数年で、インフラの整備が進んでおらず、道はぼこぼこで所々大穴があき、建物の設備はボロボロなど、全てにおいてアバウトで信用ならない状態だった。アバウトといえば、トルクメニスタンはイスラム教徒が大半を占める国だが、旧ソ連邦だったのと、独立後はニヤゾフ大統領(2006年死去)による独裁国家だったということもあり、禁酒の教えはあんまり守られていないようだった。レストランのメニューには酒類のリストがあり、巷では普通にワインやビールが販売されていた。サントリーの缶ビールなんかもあったのを覚えている。
(話はそれるが、先頃NHK-BSで放映していた英国ドラマ「ステート・ウイズイン」に登場した中央アジアの「チルギスタン」なる国は、トルクメニスタンをイメージして設定されたのだろう。「独裁国家」だったし「アフガニスタンの北」に位置してるし……行った当時は極めて治安が良く、今だってドラマにあったようなテロとか内乱というのは表だっては無いようだが)

 首都アシガバートから列車で十数時間、ウズベキスタンとの国境近くにあるトルクメナバード(旧名チャルジョウ)へも行った。灼熱の寝台列車地獄(長くなるので今は書かないことにする)を経て到着するも、やはりその日もギンギンの快晴だった。あっという間に気温は上昇し、耐え難き暑さに昼間はホテルでぐったりするしかないヘタレ日本人。そんな中、夕方近くなって、同行者の方が「クワス売りが来ている!」と声をかけて下さった。
 クワスは、ほのかな甘味と酸味があり、穀物系の香ばしさ漂う、ロシアではおなじみの飲料である。

a0021929_344593.jpgトルクメニスタン航空の機内食では、クワスが出された(写真右下の茶色い飲料)。

a0021929_352284.jpg街角のクワス売り。これはロシア・ハバロフスク駅前で撮影したもの。

 クワスは、ライ麦または黒パンを発酵させて作った飲料だ。ちょっと変わった味で、ものすごくおいしいということでもないが、この飲料のなにがいいかって、街角のタンク売りのやつはよく冷えているということに尽きる。ロシアでもトルクメニスタンでも、冷えたソフトドリンクなど販売されていたためしはなく、そういう点でクワスは貴重な存在なのだった。
 暑いトルクメニスタンでは、あまり冷たいものを摂ると腹を下すこともあるということで、ずっと熱いお茶を飲んでいた。これはこれで良かったが、たまには冷たいものが欲しいと思っていたので、クワスと聞いては一も二もなかった。
 魔法瓶片手に通りへ出てみると結構な行列で、カップやジョッキを片手にした人々がずらりと並んでいた。心なしか皆、うきうきとしているように見えた。そうか冷たいクワスがすごく楽しみなのだな。クワス売りの兄さんは慣れた手つきでタンクから飲料を注ぎ、手際よく客をさばいていく。なんか妙に泡立っているなあと思いながら半ば暑さでぼーっとしていると、いつの間にか自分の順番に。蓋を取った魔法瓶を差し出すと、兄さんは魔法瓶をちらっと見て中を指さした。見ると、茶殻が二片ほど容器の底にこびりついていたのだった。めざとい人だった。彼は「大丈夫大丈夫洗ってあげるから」というようなゼスチャーをした。すぐ脇に、建物の壁に突きだした鉄管があった。錆びた鉄管からは正体不明の水が、ちたちたと地面にしたたっていた。まさかそれで洗うんじゃ…と危惧したとおり、彼は当然のように魔法瓶を鉄管の下にかざし、あやしさ満点の水でテンポ良くしゃっしゃっとすすいで茶殻を落としてくれたのだった。そして間髪を置かず、素早い動作で容器を飲料でいっぱいにし、満面の笑みを浮かべてこちらに差し出した。金を払って受け取らないわけにはいかないだろう。
 深く物事を考えるには不向きな暑さだった。水のことは置いといて、とにかく冷たいクワスだ。ぐっと一気に流し込んだ。その瞬間、爽快感ではなく、苦い後悔が怒濤のように押し寄せてきた。
 それは、クワスではなかった。冷たくもなかった。ぬるいビールだったのである。大変気の利く、親切なクワス売りの兄さんは、実はビール売りの兄さんだったのだ。

 結局リベンジ(?)は2004年、上記写真のハバロフスクまで持ち越されることになった。夏のハバロフスクで味わったクワスは、心に染みいる冷たさだった。
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by terrarossa | 2009-03-21 03:21 | 見聞録
2009年 02月 15日
台湾の食品よいずこへ
 台湾ご当地のフシギな飲物は、アスパラガスジュース以外にも色々あった。
やたらスモーキーなテイストの梅ジュースとか、砂糖入り緑茶とか(これは香港にもあった)、うすら甘いだけの冬瓜ジュースとか、さとうきびジュースとか、日本ではあまり受け入れられそうもない飲料が広く販売されていた。

 だからといって台湾の人々の嗜好が日本とはかけ離れているのか?というと、決してそうではないと思う。なぜなら、巷には、日本製品あるいは日本製品を模した食料品が台湾オリジナルを凌駕する勢いであふれかえっていたからだ。
 今回は、まる三年ぶりの台湾旅行だったが、以前訪れた時よりもいっそう「日本」だらけになっていてびっくりした。もはや平仮名の「の」だけではない。テレビをつければしゃぶしゃぶ、とんかつ、すき焼き、寿司など日本食のグルメ番組、コンビニに行けば輸入された日本の菓子の数々、スーパーマーケットでは「日本」を標榜する食料品。もっとも、その中の相当数が「なんちゃって日本食品」で、台湾製と明記されているのに商品名は「北海道○○」とか「大阪○○」だったりするのだが。

a0021929_2493661.jpgこんなチェーン店もあった。「佐野ラーメン」って、ずいぶんマニアックな……

 商品名だけではない。「台湾原産」と銘打ってあるものにもかかわらず、パッケージデザインに日本語を使っている食品がやたらと目についた。
 
a0021929_250337.jpg 「こんにゃく玄米ロールー」。詰めの甘さが冴え渡るネーミング。最後の「ー」さえなきゃ完璧なんだが。「天然こくもの添加」って、「穀物」を素直に「こくもの」と読んじゃったんだろうなあ。それにしても、商品名の大半が平仮名とカタカナでは、これを読めない台湾の人がいっぱいいるんじゃなかろうか。いいのか?これは「うまい棒」に似た日本風の菓子で(ちなみに、「うまい棒」正規品も台湾で普通に販売されている)、味はまずまず。のり味やチョコレート味など数種類のフレーバーがあった。こんにゃく粉が入っているようだが、こんにゃくの気配はまったく感じられなかった。

a0021929_2512064.jpg 外国語(台湾人にとって)でこんなこと書かれても、コンシューマールームにお送りできる人はほとんどいないと思うぞ。

 台湾の人々にとって日本の菓子は、おいしいとか安全だとかいうイメージがあるのだという(中国や韓国でも同じだろう。多分他のアジアの国々でも同様か)。単なるイメージ戦略ならば、その日本語が正しいかとか、消費者に文の内容を理解してもらえるかどうかということは、さしたる問題ではない。日本だってパッケージにアヤシゲな欧文を使ってオシャレなイメージを持たせている製品がたくさんあるけれど、多分それと同じ感覚なのかもしれぬ。
 さらにこの菓子、製造メーカーが「北田食品」という会社。いかにも日本にありそうな社名だが、「北田」の読みは「きただ」ではなく中国語読みの「pei tien」。れっきとした台湾の会社らしい。
 ちなみに台湾には、「松青」というちょっとハイソなスーパーマーケットがあり、なんとこれが「song qing」と読むのではなく、「matsusei」という日本語読みの店名なのだ。徹底しているというかなんというか。
 このような背景には、おそらく中国産食品への不信がかなり影響しているものと思われる。偽装や不正はともかく、日本製品を高く評価してくださること自体はありがたいんだが、あまりの「日本もの」礼賛ぶりに、「これでいいのか台湾?」とつい疑問を呈したくなるような今回の台湾旅行だった。

 現在、台湾では空前の納豆ブームが続いているらしい。食料品店での品揃えがすごい。うちの地元スーパーよりも種類が多かった!
a0021929_2515214.jpg たいへん庶民的な食堂でもこのような張り紙。日本人でも苦手な人がたくさんいる納豆までもが……

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by terrarossa | 2009-02-15 03:06 | 見聞録
2008年 12月 03日
採る人もなく
a0021929_274531.jpg すでに一度雪が積もって溶けて、冬はすぐそこまで来ているというのに、すっかり熟してしまった柿が、収穫されずそのままになっているところがあまりにも多い。たぶん樹上に果実をぶら下げたまま、じき根雪に埋もれてしまうことだろう。
 寒冷地の柿は大半が渋柿で、渋抜きをしたり干し柿にしたり一手間かけないと食べることができない。かつて甘いものが高価で手に入りにくかった時代は、干し柿は貴重な冬の保存食として欠かせないものだったろうけれど、今はすっかり消費量が減ってしまった。
 けれど、食べなくなったから採らなくなった、ということだけが理由ではない。手入れして収穫し、加工する人がいないからそのまま置かれているのだ。農村部の住人は確実に減っている。誰も住んでいない家が増えていく。高齢者だけになって、収穫したくてもできなくなる。寂れた地区ほど、枝が折れそうになるくらい実を付けたままの柿でいっぱいだ。
 この豊富で栄養たっぷりな食糧を狙って、普段は山にいるクマが里に下りてくる。サルが居着いてしまう。野生動物に里と山の棲み分けをしてもらうためには、人が作物をきっちり収穫するということがとても重要なのに、それができない。

 もったいないなあ、などとのんきに思っているようなレベルじゃないのかもしれない。なんだか果実の一つ一つが警告信号のように見えてくる。
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by terrarossa | 2008-12-03 02:10 | 見聞録