2009年 09月 13日
トイレというハードルについて
尾籠な話題につき注意!

 椎名誠の著書「ロシアにおけるニタリノフの便座について」にて、ロシアのトイレには便座がないという話が載っていた。その本が出てから十年ほど後にロシアへ行ったところ、首都モスクワの空港ですらほんとに便座が無かったのには閉口した(水が流れなかったことにはもっと閉口した)。旅行したのが夏だったからまだ耐えられたが、冬だったら、冷え切った陶製便器に直接腰を下ろさなければいけなかったってことか。うひょおおぉぉおおお。想像するだけで飛びすさって退散したくなるような恐怖である。上に乗ってしゃがむ方法もありだろうけど、高さがあって横幅が無くてつるつるの表面に足を乗せねばならぬ。リスク覚悟で用を足す……排泄行為に毎回そんなストレスがかかるのは如何なものか。
 便器にはかつて便座があったという痕跡があるので、べつに初めから無かったわけではないらしい。にもかかわらず、公共施設のトイレが悉く便座無しというのは一体どういうことなのか。
a0021929_13242257.jpg その理由には、旧ソ連邦だったトルクメニスタンのホテルで部屋のトイレの便座に腰掛けた時に気がついた(左写真参照)。もしかするとこれは、便座の材質が脆弱なあまり、取り付けてなんぼもしない内に壊れてしまうのではないか。現に、既に便座にはでかいヒビが入っていた。ソビエト時代に大量生産されたとおぼしき粗悪なプラスチック製便座では、マトリョーシカ体型の重量級が何度も腰を下ろす試練の前にはひとたまりもないだろう。そういえば、便座の備わっていたトイレも確かにあったが、その便器の大きさや形に合ってないものが多かった。街中の雑貨店では、ビニールレザー張りの、座り心地が良くて丈夫そうな便座がたくさん販売されていた記憶がある。便座は頻繁に交換する消耗品だったということか。
 あれから十年あまり経過し、さしものロシアもさすがに状況は変わったことだろう。数年前に訪れたハバロフスクやウラジオストクの空港やホテルのトイレは大変清潔で、もちろん便座もあった。今、シェレメチェボ空港のトイレはどうなっているのだろうか。

 ロシアだけでなく、アジア方面へも時々行ったりしている中で感じるのが、ここ数年でトイレは格段に清潔になりつつあるということ。特にSARS、鳥インフルエンザの流行以来、程度の差はあれ、どこの国でもトイレや洗面所の衛生管理にはかなり気を遣うようになった。流行疾患あってこその劇的な変化である。何もなければ何も変わらなかったことだろう。きっかけがどうあれ、そうして清潔になったトイレで用を足すことが、衛生上のことだけでなく、気分的にたいへん快適であることに気づいたら、更にトイレは改善されていくのではないだろうか。もちろん、その国の生活が豊かになって、予算をトイレ改善に割く余裕ができたらの話だろうけど……
 そういえば、ネタになるような壮絶トイレは最近少なくなって、いつの間にか、だんだん写真も撮らなくなってしまった。これはいいことなんだろう。

a0021929_1325283.jpg 1996年。ペダルを踏んだらレールの枕木が見えた、トルクメニスタン国内の長距離列車トイレ。薄暗かったが、大勢の乗客が行き来している狭い車内でストロボ撮影する勇気はなかった。砂漠の中なので、落ちていったものは速やかに乾燥するからそれで良し、なんだろうな。そういえば、かつて日本の列車も外に撒きちらしていたよなあ……

a0021929_1326399.jpg かつてのロシアでは、不自然にでかいと思えるくずかごも必要不可欠なアイテム。なぜなら、使用したトイレットペーパーは流しちゃいけないから。水流に問題があるのか、使用する紙の材質に問題があるのか……多分そのどっちもだろう。トイレットペーパーは備え付けられていないところが多かった。あったとしても、うっかり拭いたら流血沙汰になりそうな超硬派な紙質だったり。ドアに打ち付けられた釘に、適当な大きさに切った新聞紙が引っかけられていたトイレもあったしな。

a0021929_13422885.jpg しゃがみ式トイレは、無防備な状態で後ろから襲われないように、ドア側に顔を向けて用を足すようになっているのが基本。ドア側にお尻を向ける構造になっているのは日本くらいだとか。方向を間違えてしゃがむと、うまいことブツが流れません。2009年、クアラルンプール(マレーシア)。

 そして、これまで様々なトイレに遭遇した中で、最もハードルが高かったのが、2004年に使用した中国・ハルビンの公園トイレ。バックパッカーではない自分にしては、かなり相当高いレベルではなかったか。せっぱ詰まっていたので、写真撮影どころではなかったのが今更にして悔やまれる。それは、極めてシンプルな一続きの側溝型トイレだった。常に水が流れていて、川上で用を足すとそれを他人に見られ、川下で用を足すと他人のものが流れていくのを見ることになる。どっちもいやだ。てか、前後の仕切りだけでドアなしなので、姿そのものを見られることにものすごい抵抗感があったが背に腹はかえられず。うう。
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by terrarossa | 2009-09-13 13:54 | 見聞録


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