2008年 11月 11日
曾祖父の足跡をたどる その三
 「第二次世界大戦による街の崩壊」というショッキングな事実を初めて知り、期待値と意欲はいちじるしく低下するも気を取り直し、翌々日、再びヴュルツブルクへ向かった。
 曾祖父がドイツへ留学していたという話は、当時のローカル新聞などにいくつか記事が残されていたのだが、なにせ100年以上前のこと、果たして本当にかの国の大学に籍を置いていたのか、それを証明する書類などはなく、まず、その確認をする必要があった。
 前述した森川先生の論文によると、ドイツの大学の多くは、歴代の学籍簿をきちんと保管しているという。となれば、ヴュルツブルク大学の学籍簿が閲覧できれば、何か手がかりがあるかもしれない。
 幸いにもドイツ出発直前、叔父が森川先生とメールでコンタクトをとることができ、「過去に調査した学籍簿の中に曾祖父らしき名前があったと記憶している」との報告をいただいた、という連絡が入る。少なくとも学籍簿は現存しているようだ。ここでようやくぼんやりではあるが、目標が見えてきた気がしたのだった。
  
 とはいえ、ドイツには全くアテもツテもないので、出たとこ勝負でいくしかない。ほとんど博打である。またの名を「無謀」とも言う。事前に大学へメール等で問い合わせするとか色々方法はあったはずだが、なんとかしようと大学のホームページを開いた途端、あふれかえるアルファベットの濁流に飲み込まれ、ヘタレな子孫の泥船はあっさり難破沈没。……だめじゃん。
 てことで、行けばなんとかなるかも……と、ろくに準備もしないくせに、かそけき期待だけは抱きつつ、ヴュルツブルク大学図書館へ。
 なお、現在の大学キャンパスは、市の中心部からバスで二十分ほど行った郊外の高台にある。

a0021929_3361937.jpgカメラのフレームに収まりきらないほどでかい、四階建ての図書館にびびる。

 語学力のなさをカバーするために、事前にたいへん長い時間をかけて作成しておいた問い合わせ文(あやしげな英語ともっとあやしげなドイツ語併記)を受付のお姉さんに見ていただく。あとはうっすら英語とお絵かきとゼスチャー。で、なんとか意図は伝わったようだ。係の人に連れられて、「4階」へ案内される。ここは一般の学生が自由に出入りできないフロアのようだ。

a0021929_337634.jpg閲覧室。年代物の文献が多数おさめられていた。

 出していただいた学籍簿は、数年ごとにまとめて製本されていた。100年以上経っているにもかかわらず、保存状態は大変良い。
 名簿には、学生の氏名、出生地、国籍、専攻、現住所が記載されていた。アルファベット順に並んでおり、順番にたどっていくと……あった!
 確かに、1888年から1892年の名簿には曾祖父の名前が記載されていた。正式にここの大学の学生だったということだ。
 感慨にふけっていると、司書の方が(この人は英語が堪能だった)「この名前の人が関係している文献は、もう一冊ありますよ」と教えてくれた。なんと、学位論文が残っているというのだ。「今ここにはないので、取り寄せは明日になるんだけど、それでもいい?」と訊かれる。ここまで来たからにはなんとしてでもそれを見たい。「もちろんです、あしたもきます!」と返答する。すると、別な職員の方が彼女になにやら話しかけてきた。彼女は「ちょっと待って」と言い、職員同士で打ち合わせ開始。ドイツ語なのでさっぱりわからない。しばらくして「今、持ってこられるかもしれないからここで待ってて」とのお言葉が。さらにその場で待っていると、小さな冊子が手元に届けられた。厚紙の表紙は後からつけたものらしいが、蔵書印が押してあり、間違いなくヴュルツブルク大学図書館の正式な蔵書だった。内容は三十数ページのドイツ語の論文で、タイプ印刷してあり、巻末に手書きの図版が赤の単色刷で添付されていた。学位論文自体は、ドイツから帰国後、曾祖父自身が日本語に訳したものの一部が専門誌に掲載されているのを確認しているが、その原本がこの冊子だということなのか……
 それにしても、街のほとんどが戦災で破壊されつくしたにもかかわらず、戦禍を免れてよくぞ残ってくれたものである。
 学籍簿、論文とも写真撮影は禁止とのことで、該当のページをコピーしてもらう。

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学籍簿の表紙とその内容。「バイエルン王立ユリウス・マクシミリアン・ヴュルツブルク大学在籍者一覧」


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曾祖父の学位論文。「卵巣皮膚様嚢腫ノ組織及原因ニ就テ」


 当初はどうなることかと思ったが、結果的には大収穫の図書館訪問だった。
 図書館スタッフの皆さん、突然訪れたあやしいアジア人だったにもかかわらず、親切に対応していただき、ありがとうございました(と、ここで日本語で感謝しても伝わんないよなあ……)。
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by terrarossa | 2008-11-11 03:50 | 見聞録


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