2008年 10月 30日
曾祖父の足跡をたどる その一
 現地で試合観戦したレバークーゼンが、たいへん調子良い。現在暫定ながら首位。そして直接お会いしたマヌエル・フリードリッヒ選手が、なんと二試合連続ゴールを決め、さらにそれらの試合では、本業であるディフェンスにおいても無失点と、なんだか絶好調の模様。まさに「今後なおいっそうのご活躍」で、うれしくなると同時に、なんかこう、こっちも仕事頑張んなきゃな、というアゲアゲな気持ちになってくる(だからといってすぐに成果が出るような業種じゃないのがつらいところだが……や、地道にやっていこう)。

 今回のドイツ行きの目的は、サッカー観戦以外にもうひとつあった。実は「明治中期にドイツへ留学していた曾祖父の足跡をたどる」というミッションが科せられて(?)いたのだ。
 曾祖父は明治終期に若くして亡くなり、その末子である祖父も早世したので、どちらも自分は全く知らない。現在存命中の親戚で曾祖父を直接知る人は誰もいないが、現在、叔父が曾祖父(叔父にとっては祖父)について色々と調べているところだ。
 曾祖父はもともと会津藩の出身だという。幼少の頃実父を亡くし、間もなく始まった戊辰戦争によって母と姉と共に斗南に移住、その地で母も喪った。その後、函館に渡って医師の養子となり、自らも医学の道を志すことになった。
 ……というふうに、アウトラインの部分はわかっているのだが、それらひとつひとつについて掘り下げようとすると、途端に謎だらけになってしまう。晩年、曾祖父は函館で開業医をしていたが、その病院は二度の大火に遭っており、そのため当時の個人的な記録などはほとんど残っていない。過去帳もない。
 それでも、当時の新聞記事や文献などを丹念に調べた結果、ほんのわずかながら曾祖父のたどった道が見え始めてきた。叔父の調査はまだ続いており、こちらも調べものは嫌いではないので、時間があるときは図書館に通い、ゆかりの地だと思われる場所を訪れ、ルーツ探しに加わっていたところだった。
 そういうタイミングで、あくまでも「サッカー観戦」のための(ノリと勢いだけの)ドイツ旅行決定。叔父がこの好機を見逃すはずがなかった。即、連絡が入る。「向こうでなんでもいいから見つけてきて」。あのうドイツ語が全くできないばかりか英語もうっすらというワタクシに一体なにを見つけてこいと?

 ……かくして、曾祖父のドイツ留学から120年後、ひとりのぼんくらな子孫が、かの地を訪れる時が来たのだった。

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「かの地」ヴュルツブルク。登っちゃいたくなる気持ちがよくわかる眺めのすばらしさ。
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by terrarossa | 2008-10-30 00:01 | 見聞録


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