2006年 02月 05日
2005年に見た映画
 2005年は、年末に体調を崩したこともあって、見た本数は90本弱。しかも相変わらず映画祭などイベント上映で「見だめ」するばかりで、ロードショー公開で見たのは全体の3割以下でしかなかった。で、印象に残った映画を選んでみたら、見た人の絶対数が少ないものがほとんど。そんなものを挙げて感想を述べても、なんのことやらさっぱり、だよなあ……うーむ。
 2005年の最大の特徴は、ドキュメンタリー映画の魅力にはまったことだ。その「決定打」となったのが、2005年10月に開催された「山形国際ドキュメンタリー映画祭2005」。10月8、9、10日は仕事が休みだったので、ずっと山形中央公民館6階にいりびたって、3日間朝から晩まで映画を見た。だが、あまりの上映作品の多さに見落としてしまった作品があきらめきれず、山形から帰宅した翌日、仕事を終えてから高速道路を何時間もぶっとばし、その夜の最終上映に駆け込んで深夜にとんぼ返り、というバカもやってしまった。
 ドキュメンタリーというからには、とりあげているものの多くは、実在のものや、実際に起こったことだ。だが、「監督」という人物が(しばしば部外者・侵入者という立場で)そこに存在し、その場所で撮影という特殊行為をしているのだから、できたものはひとつの主観的な作品であり、もはや事実とも真実ともいえない。だから、撮られた内容よりも、製作者の考え方や視点に共感あるいは賛同できるかどうかで個人的評価が決まってしまう。もっともこれは、劇映画だって同じ事かもしれない。だが、意外にもドキュメンタリーと称されているジャンルのほうが、客観的な視点で見ることが難しいのだ、ということにやっと気付いたのも昨年の収穫か。

 以下は、印象に残った映画10本。
 アジアを突き抜け、中東にヨーロッパにハリウッドにと、手を広げすぎて収拾がつかなくなってきていることがよーくわかる、かも。

夏の突風(ドイツ)
ドイツ映画祭2005にて。
 親友に恋をしてしまった少年の、カムアウトをめぐる物語。さわやかでせつなくて生々しくて、そして笑いのツボもしっかりおさえた、青春映画の傑作。難しいテーマをリアルに、でも重くなりすぎず描いていて、見た後の爽快感ときたら、もうただごとじゃなかった(?)。商業映画として見てもじゅうぶん楽しめる映画だと思うのだけど、日本で公開する気配はまだなく……あーもったいない!

ガーデン(イスラエル)
山形国際ドキュメンタリー映画祭2005にて。
 さっき、ドキュメンタリーは主観的な作品だ、と書いたが、登場する人物たちが、場所が、あるいは、出来事が、たしかに現実のこの世に存在している、ということだけは事実だ。少年が肉親につけられた傷跡(ナイフで切られて傷口に塩とレモンを塗られたという)、ケンカでぼこぼこにやられた翌日の、あざだらけの体。当然ながら、これらの傷は痛みを伴ったほんとうの傷だ。イスラエル・テルアビブで売春するアラブ系の少年たちのすさまじい日常。この映画のことについては後日、あらためて書いてみたい。

アレキサンダー(アメリカ)
 初めはコリン・ファレル扮するアレキサンダーが、どうしてもジョージ・ブッシュにしか見えなかったり、アンジェリーナ・ジョリーの老けない母親オリンピアスに違和感をおぼえたりしていた。が、物語が壮大すぎて、一回見ただけではわからず、何度も見る内にずぶずぶと深みにはまっていった映画。とにかく、巷でいうような駄作だとは全く思わなかったんだけどなあ。
 この映画により、ハリウッドという世界にはじめて興味を持つことに。

アフリカ・ユナイテッド(アイスランド)
山形国際ドキュメンタリー映画祭2005にて。
 爆笑につぐ爆笑、などというドキュメンタリー映画は珍しいかもしれない。アフリカや中南米からの移民だけで構成されたサッカーチームが、アイスランドの4部リーグを目指して奮闘する話。これが一筋縄ではいかず、メンバー同士でケンカはするわ、審判は殴るわ、チームプレーってなんですか状態のへぼ試合の連続。そんな中、モロッコ移民の監督ジーコ(←本名だそうだ)は、チームの存続と勝利を目指し、ひたすら頑張るのだ。このジーコ監督を始め、個性溢れる(と言ったら聞こえはいいが、こんな連中がほんとにそばにいたら迷惑この上ないに違いない)メンバーたちの魅力的なこと!
 背景には、移民たちに対する差別、厳しい生活などといった深刻な社会的事情があり、もちろんそういったものも描かれている。けれど、決してシリアスに陥ることなく、それどころか笑いと希望に満ちた作品になったのは、時にはヤケクソ気味だが、エネルギッシュで懲りない登場人物たちと、そのように彼らを撮影した製作者の、まさに「勝利」なのだろう。

無米楽(台湾)
第18回東京国際映画祭にて。
 ドキュメンタリーながら、台湾で大ヒットしたというのも大いにうなずける秀作。老農たちのたどってきた山あり谷ありの人生、日本と同様、稲作中心の農業を細々と継続していくことの困難さがじっくり描かれている。農業をとりまく事情については、職業柄、当事者であり、人ごとではないため、映画の枠を超えて色々考えさせられてしまった。
 にもかかわらず、作品のトーンは暗くはない。ひとえに、登場する老人たちの魅力によるものだ。老人の一人が、農作業をしながら声高らかに歌う日本語の歌が、心に残る。

ダブリン上等! (アイルランド、イギリス)
 原題は「Intermission」。だが、なんといっても邦題がすばらしい。これに尽きる。でも、これを逆に原語訳したらどうなるんだ?
 登場する人物すべてが、ボタンを掛け違えてずれまくってるかのごとき映画。コリン・ファレルの、あんたそれ地でたのしんでるんじゃないか?と問うてみたくなるほどのリアルなダメチンピラっぷりはお見事。紅茶にブラウンソースが本当に「悪くねえ」かどうかは……いまだに検証できていない。

ルート181(ベルギー、フランスほか)
山形国際ドキュメンタリー映画祭2005にて。
 昨年見た「鉄西区」ばりの、4時間半にわたる超大作。映画は、1947年に国連決議第181条で採択されたイスラエルとパレスチナの境界線を「ルート181」と名付け、レバノン国境に向かって北上しながら、そこで出会った人々にインタビューしていく内容。インタビューは、偶然会った人に、突然行ったという。様々な立場の人々が語る、生活、政治、宗教。それらが複雑に絡み合い、憎悪を募らせ、いかんともしがたいところへ行き着いてしまった絶望、それでも日々の生活を営んでいくためにとらねばならない精神的・物理的自己防衛手段の数々。
 その中でも特に印象に残ったのが、有刺鉄線ビジネスにいそしむ男だった。一時期和平へ動いたときは工場は倒産寸然だったが、今は生産が注文に追いつかないと興奮気味に語る男には、敵も味方もない。パレスチナだろうとイスラエルだろうと、注文があれば、刃の鋭くて長い「違反有刺鉄線」も生産する。暮れに見た映画「ロード・オブ・ウォー」では、武器商人を描いていたが、この男もまさに武器商人と同じ「第三の存在」だ。

水没の前に(中国)
山形国際ドキュメンタリー映画祭2005にて。
 これも2時間半ちかくの長編ドキュメンタリー。三峡ダム建設のため水没することになった町のさいごの日々を描いている。町一個まるごと水没、なのだから、立ち退かねばならない人の数も半端じゃない。満足な補償金も払われず、望んだとおりの住宅に移住できない人もたくさん出てくるわけで、そこはもう、論理や理性をまたいで、ごったごたな泥仕合に陥ってしまうのである。それでも、泣こうがわめこうが工事はどんどん進められ、建物は爆破されてゆく。その中を縫って、くず鉄は金になるからと大八車を駆って建物の鉄筋や階段の手すりを集めにくる輩ももちろんいる。したたかで熱気に満ちた中国は、ひとりひとりの思惑を全て大きな渦に巻き込んで、ますますスクラップ&ビルド街道を爆走中なのだ。

フル・オア・エンプティ(イラン)
東京フィルメックス2005にて
 実に楽しい、アボルファズル・ジャリリ監督のコメディ映画。素人を起用しているそうだが、ツッコミのいないボケ漫才のようなやりとりが絶妙。特に主人公の下宿先のおばさんのキャラクターが最高だった。報われない(けど、どこまでも不屈な)主人公を傍目に、最後には見事に玉の輿というサクセス人生がナイス。

ライターをつけろ(韓国)
韓流シネマフェスティバル2005にて。
 ヤクザの親分を演じているチャ・スンウォンを目当てに見に行ったのだが、たかが30円のライターのために命の危険も顧みず(というか、自覚せず)行動を起こすキム・スンウの一途なボケっぷりに見事やられてしまった。この映画のインパクトがあまりにも強かったので、彼が他の作品で二枚目の役もやっているということが、なかなか信じられなかった(この人が出ている他の作品は、まだ見たことがない)。


 ……と、ここまで書いたところで、2004年とはまるで正反対のカラーの映画を選んでいることに気付く。そう、2005年印象に残ったのは、ドキュメンタリー映画とともに、ボケ系のコメディーだった!
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by terrarossa | 2006-02-05 07:24 | 映画


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