2005年 04月 19日
格調高い旋律、お下劣な歌詞~中世音楽の世界
 初めて自分で買ったレコード(まだCDはなかった)は、12世紀から14世紀にかけてのフランスの聖歌と世俗歌をおさめた「ゴシック期の音楽」(デイヴィッド・マンロウ指揮・ロンドン古楽コンソート)だった。

 高校に入った頃、中世ヨーロッパの生活と文化、とりわけ服飾史と音楽に興味を持った。世界史であつかう一時代には違いないが、成績向上には全く役に立たなかった。ただひたすら、好奇心の赴くままに本を読み、資料を集め、自己満足に浸るだけ。それが何かを生み出すことはなく、後に何一つ残らなかった。こういう、生産行為に結びつかないエネルギーの無駄遣いのことを的確に言いあらわす表現を、当時は知らなかった。だが、今ならわかる。あれはまさに「中世ヨーロッパ萌え」だったのだ。

 ところが、中世ヨーロッパの音楽がどんなものか知りたくても、学校の音楽の授業では「グレゴリオ聖歌」以外登場してこない。いわゆる「クラシック」というジャンルで、広く世間に認知されているのは、せいぜい17世紀より後の時代の音楽だ。それ以前の時代のは、「芸術としての音楽」というより、「歴史的資料」あつかい。音大にでも行かない限りは、縁のなさそうな世界だ。
 今は、中世の音楽を演奏する音楽家や楽団も増えたし、何よりインターネット通販という手段があるので、CDを手に入れることはたやすくなった。が、少なくとも20年以上前の日本の田舎で、ど素人の高校生が歴史的資料扱いの時代の音盤の存在を知り、また、それを手に入れることが出来たのは、ほとんど奇跡に近いことだった、と思う(←大袈裟)。
 1976年、わずか33歳でこの世を去った夭折の天才音楽家、デイヴィッド・マンロウが、以後の古楽に関わる音楽家たちに遺した業績は計り知れないと言われている。彼の古楽に対する深い造詣と優れた解釈によって、断片的にしか残っていなかった遠い昔の音楽が生き生きと、鮮やかに甦ったのだ。彼が結成した楽団、ロンドン古楽コンソートの最後の録音から30年以上を経た現在でも、彼の遺した中世音楽の世界は、少しも古びることのない名盤として、現在も高い評価を得ている。
 どのみち、1980年代初頭に地方でも比較的容易に入手できた中世音楽のレコードといえば、優れた古楽器・リコーダー奏者として既に日本でも人気の高かった、デイヴィッド・マンロウ関連のものくらいしかなかっただろう。ともかく、中世音楽との出会いがデイヴィッド・マンロウから始まったことは、今にして思えば、ものすごくラッキーなことだったのだ。

 さて、首尾よく購入と相成った「ゴシック期の音楽」、さしたる予備知識もなく聴き始めて、驚愕した。今まで一度も聴いたことのなかった響きに、瞬く間に「もってかれて」しまった。
 それまで多少なりとも耳にしていたバッハもモーツァルトもベートーベンも、ラヴェルもショスタコーヴィッチもガーシュウィンも吹っ飛ぶほどの衝撃だった。
 15やそこらのガキにとって、それは真剣に「カルチャーショック」だった。こんな音楽の世界があったのか!

 レコード前半は、ノートル・ダム学派の二大巨匠、レオニヌスとペロティヌスの聖歌「地上の全ての国々は」。たった22語の歌詞を、レオニヌスの曲では9分あまり、ペロティヌスの曲では12分近くかけて歌っている。どちらも端正でシンプルなのに単調ではなく、実にきらびやかな感じのするミサ曲である。
 そして後半は、12世紀から14世紀フランスの、いわゆる「世俗歌」。この時代の歌の多くは、声部ごとに歌詞が違う。これには心底驚いた。つまり、三重唱ならば三種類の異なった歌詞を同時に歌っているのだ。歌詞の意味がわからずに聴いている分には、響きが非常に斬新で思わず魅了されてしまうが、当時の人々は混乱しなかったのだろうか?
 その歌詞だが、実にバラエティに富んでいる。純粋な恋の歌あり、中世ヨーロッパらしく神をたたえる歌あり……そして、二大下ネタ、つまり排泄系と猥褻系の両方を兼ね備えたお下劣な歌、あり。
 中世の有名な文学作品といえば、ダンテの「神曲」、ボッカチオの「デカメロン」、チョーサーの「カンタベリー物語」……これらは、世界史の教科書にも登場する有名な作品だが、「神曲」はともかく、「デカメロン」と「カンタベリー物語」は、学校の授業においてその内容を深く突っ込むにはやばすぎる、下ネタ満載の文学作品だったりする。たとえば、女にしつこく迫り、せめてキスだけでもとせがんだ男が、暗闇のなかでやっと口づけを許されたと思ったら、相手は女のはずなのに、なんとそこは毛むくじゃら。実は女は、自分の尻の穴を男に突きだしていたのだった。ざまあみろ、してやったりと喜ぶ女の話、等々。
 キリスト教勢力が全ヨーロッパを支配し、暗黒時代とも呼ばれた中世だったが、性的にあけすけでおおらかな庶民の生活があったことも、また事実なのだろう。

 そういう時代背景あってこその世俗歌だから、歌詞の内容も推して知るべし。その後何枚か中世の世俗歌を収めたアルバムを買ったが、中には、歌詞が非常に猥褻ですと紹介しておきながら、資料がないため翻訳できません、と弁解(?)している、訳のわからないものもあった。夢と妄想とロマンがごっちゃごちゃの中世音楽ワールドである。
 だが、この時代のどの歌も、歌詞の意味さえわからなければ、実に格調高い歌にしか聞こえない。学校の教材にもうってつけの音楽だ。だからこそ、粉屋の女房が浮気相手の男とやりまくって、ひーひーあえぐなどという歌を、あくまでもお上品に、高らかに歌い上げているさまは、聴いていて非常に痛快だ。できればあの頃、校内放送で堂々と流して、ニヤリとほくそ笑んでみたかった!

a0021929_4473917.jpg←後にCD化されて買い直した「ゴシック期の音楽」。LP盤よりも収録曲が増えていてうれしかったのだが、この後に再発売された同タイトルのCDは、収録曲がさらに大幅増加して、なんと3枚組になっている。これも買えってかあ?うう、なんか納得いかねえ。
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by terrarossa | 2005-04-19 04:54 | 音楽 | Comments(0)


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