2005年 01月 14日
ロードムービー(2002、韓国)
a0021929_761687.jpg 中国語圏の映画を沢山見るようになっても、距離的には近くであるはずの韓国映画にはしばらく興味がなかった。ハングル文字が全く読めない。日本においては、なぜかカタカナで表記される監督や俳優の人名がなかなか覚えられない(漢字表記もあるはずなのだが)。たったこれだけの理由で、韓国映画はなんだか遠い存在だったのだ(今も名前を覚えるのは苦手だ)。
 そうこうする内、2001年あたりから、いわゆる「韓流」のほのかな兆しはひたひたとやってきて、特に意識せずとも韓国の情報が入ってくるようになる。「ロードムービー」は、韓国では特にタブーとされている「同性愛」という題材を扱っているということで、製作段階から話題になっていた。丁度、同性愛を描いた中国(香港)の映画「藍宇」にいたく引きずり込まれていた時期と重なっていたため、「じゃあ韓国ではどうなのよ」という好奇心も手伝って、気がついてみたら、連日韓国webサイト漬けになっていた。かくして、自分の中で何となく敬遠していた「韓国映画への道」は、さしずめ「けもの道」と言っていいようなこの映画からスタートしたのだった。多分。

 物語は、暗い室内で行われる男同士の激しいファックシーンから始まる。
 同性愛者である自分を否定できず、家族も登山家としての地位も捨て、ホームレスとなったデシク。彼は行きずりの男を抱く。だが、どんなに激しく交わっても、相手を変えてみても決して満たされない、ただ排泄するためのセックスがあるだけだ。生きる意味もなく、行くあてもない。ある日彼は、ソウル駅で泥酔していた証券ブローカーのソクォンと出会う。ソクォンは株の暴落で何もかも失い、傷付き、自暴自棄になっていた。何度も自殺を図るソクォン。デシクは、そんなソクォンを連れてソウルを離れ、あてのない旅に出ることにした。
 旅の途中、ふたりは、コーヒーの配達をしながら、時には自分の体も売る、イルチュという女と出会う。イルチュは、海で溺れかけていた所を救ってくれたデシクを本気で愛するようになる。だが、デシクは彼女の気持ちに応えるつもりはなかった。彼が密かに愛していたのは、ソクォンだったから。そのソクォンは、デシクの秘めた想いをまだ知らない。何かと世話を焼いてくれるこの親切な男が、まさか自分に恋愛感情を抱いているなどとは露ほども思っていない。
 旅を続ける内、デシクが同性愛者であることを知ったソクォンは、彼を卑下し、軽蔑する。だが生活力のないソクォンは、結局はデシクから離れられない。イルチュと訣別したふたりは、激しい葛藤をそれぞれの胸の内に秘めたまま、「旅の終わり」へと向かう……

 あらすじを書きながらげんなりしてしまうくらい、辛くやりきれない話である。しかも冒頭いきなり生々しいファックシーンだからなあ。こりゃ客は入らねえや、と納得(オイオイ)。 
 その上、全編に渡って、ありえねーよ!だの、なんでこうくるかなあ?などなど、突っ込みどころ満載。それがかえって不思議な寓話性を感じさせる効果があるのだ、と言われればそうなのだが。
 妙な迫力をもって、監督を始めスタッフや俳優の並々ならぬ意欲、愚直なまでに真摯に作品に打ち込もうとする姿勢は伝わってくる。ひしひしと。が、特に前半、キャリアの浅い新人監督のこと、一生懸命さが上滑りしてごっちゃごちゃ。あれも入れたい、これもやりたい、と人物もエピソードも詰め込みすぎて、訳がわからなくなっている。
 ところが、後半へいくに従って、どんどん余計なものが削ぎ落とされて、驚くほど洗練されていくのだ。一つ一つのシーンが、ひどく印象的で、そして美しい。たとえ泥の中で溺れているような光景であってもだ。
 極めつけはラストシーンだ。
 映画の「シメ」というものがいかに重要か、あらためて認識することになった。数々の突っ込みやらもどかしさやら苛立ちやらが全て帳消し、何もかも吹っ飛んでしまった。この最後の場面を見るために自分は生きていたのか!

 重く哀しい結末と、あまりにもあかるい空の色との強烈なコントラストが、痛い。
 何かが澱のように自分の中へどんどん溜まっていって、息苦しさにむせかえって、しばらく何も出来なかった。重い余韻を以後も延々とひきずって、社会復帰(?)が大変だった。その後遺症は長いこと続いていて、ふっと気を抜くと、つい「あっち」へ行ってしまいそうになることがある。危ねえ。
 もうすこし時間が経った今は、あれは、彼らなりのハッピーエンドだと思えるようにもなった。うつし世では、ほんの一瞬も交わることがなかったはずの、ふたりが置かれた境遇を考えれば……

 監督はこれがデビュー作のキム・インシク。キャストは、デシク役に舞台俳優のファン・ジョンミンと、ソクォン役にTV俳優のチョン・チャン。いずれもキャスティング時点では、映画でのキャリアはほとんど無い新人だった(実は、主演として当初発表されたのは、ハン・ジェソクとキム・ヨンホという俳優だったのだが、どういう事情か二人とも降りてしまった)。製作はサイダスで、かなり気合いを入れて宣伝していたように思う。
 2002年10月、韓国で公開された「ロードムービー」は、結論から言えば、「惨憺たる興行成績」。ただし、批評家筋の評判は良く、俳優陣の熱演も認められている。デシク役を演じるために、実際に一週間、ソウル駅でホームレスとして過ごしたというファン・ジョンミンは2002年の青龍映画賞の新人男優賞を受賞している。
 ファン・ジョンミン演ずるデシク役が素晴らしいのは言うまでもないことだが(初「ファン・ジョンミン」が、この映画でのマッチョな髭面の元・登山家役だったので、その後知った素の彼とのあまりの落差に、驚愕も十倍増しだった)、キャラクターとしては、孤高の人であるデシクよりも、チョン・チャン演じるソクォンがあまりにもリアルで、こっちのほうにどっぷり感情移入してしまった。
 このソクォンというのが、どうしようもなくずるくて、卑屈で、だらしなくて、煮え切らない「やな奴」。彼を愛していながら、最後まで自分から抱こうとはしなかったデシクに対して「今までの恩を考えたら、十発くらいは必要かあ?」などと言ってしまうような、最低の男である。
 この人物に対して、ただ不快な気持ちになるか、それとも、「ソクォン」は自分の中にも居るのだ、という「事実」を認めるかどうかで作品に対する印象が全く変わってくるのではないか、と思うところである。
 ソクォンを演じたチョン・チャンはどんな気持ちで、この「現実的な人物」と向き合ったのだろう。
 自分とかけ離れた役をそれらしく演ずる困難さよりも、メンタル的にはずっと辛かったんじゃないだろうか?(そのことと関係あるのかどうか不明だが、彼は、この映画の撮影直後、大麻吸引容疑で逮捕されている)。
 
 そんな映画だから、日本での上映は難しいだろうなあと思っていたのだが、2004年3月、シアターイメージフォーラムでの「韓国インディペンデント映画2004」と同年7月の「第13回東京レズビアン&ゲイ映画祭」で上映され、日本語字幕での鑑賞が叶った。ああ「韓流」、ありがたや。
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by terrarossa | 2005-01-14 07:24 | 映画


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